書評
『わが家の新築奮闘記』(晶文社)
オーダーメイドのだいご味
家を手に入れようと思っている人は、まずこの本を手に入れた方がいい。例えば、三十坪ばかりの土地があって、プレハブの中から選ぼうか、棟りょうにまかそうか、それとも建築士(建築家)に設計を頼んで大工さんに建ててもらおうか、とスタート地点で迷っているなら、この本を読むと方向が決まる。人生に一度あるかどうかの一大事、展示場巡りやカタログから選ぶのはさびしいではないか。自分たちの人生設計に合わせて設計してもらい、大工さんにつくってもらうのが一番いい。家づくりはだれにとっても慣れないことで不安はつきものだが、この本を一読すると、漠とした不安は心地よい緊張と安心に変わる。
著者は日本を代表する宇宙物理学者で、このたび太陽光発電などを備えた自宅新築に挑戦した。夫人ともども体験した設計士との"お見合い"から完成の口までのプロセスが淡々と描かれているのだが、オッと思ったのは柿渋(かきしぶ)のこと。著者が通りがかりの店で柿渋を見つけ、それをベランダの木製手すりに耐水材として塗ってもらう。
ほんのりした、しかしどこか記憶にある香りである。そういえば、柿が熟して地に落ち、それが腐ったときの匂(にお)いらしいことに気がついた。幼い頃(ころ)の匂いの記憶は、どこかに刷り込まれているのだろう。
ベランダの手すりの塗装なんて、工事の全体の中ではごくごく小さなことだが、小さくとも自分の判断が生かせるのは、やはり設計士と大工さんに頼んだからなのだ。
屋根の上の太陽発電機で起こした電気を電力会社と売買できることは知っていたが、そうとう面白いことらしい。
買うメーター(普通の家庭にもある)と売るメーターの動きを並べて眺めると、太陽の様子によって収支が刻々と変わってゆく。カンカン照ればプラス。かげればマイナスへ 私個人は美観上あれは好きではないけれど、メーターは付けてみたい。自家のエネルギー消費に著しく敏感になるそうだ。
初出メディア

共同通信社 1999年3月18日
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