解説
『刺青・秘密』(新潮社)
青年の「醗酵(はっこう)する妖しい悪夢」が「甘美にして芳烈なる芸術」に転じる時
1910(明治43)年、谷崎潤一郎は24歳だった。生家は没落し、学費を親戚と親友にあおぐ東京帝大の学生だった。しかるに彼は法科に進まなかった。出世に縁のない国文科を選び、そのうえ授業には出席しなかった。内心に嵐を荒れ狂わせて放蕩の限りを尽す彼を、友人たちは「剽軽者(ひょうきんもの)」「呑気な男」と見ていた。6月末の梅雨の晴れ間、結核の妹が死んだ。彼女は最後にこういった。「あああ、あたいはほんとに詰まらないな。15や16で死んでしまうなんて、……だけど私(あたい)は苦しくも何ともない。死ぬなんてこんなに楽な事なのか知ら……」
その年の秋、谷崎潤一郎は事実上の処女作「刺青」を書いた。朝日に燦爛(さんらん)たる背中を誇らかにさらす若い女には、不運に早世したその妹の面影がたしかに宿っていた。
内容解説
肌をさされて痛みにもだえる人の姿に、いいしれぬ愉悦を感じる刺青師・清吉は、年来の宿願だった光輝ある美女の背に蜘蛛を彫りおえた.そのあとには……。美すなわち強者、そしてその美しいものに征服される喜び、作者独自の性的倒錯の世界をえがききった処女作「刺青」。作者唯一の告白書にして懺悔(ざんげ)録である自伝小説「異端者の悲しみ」。ほか「少年」「秘密」など、初期短編全7編。
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