書評
『火を熾す』(スイッチ・パブリッシング)
東京で肉を焼きながら、遙(はる)か北の大地を想う
12月の終わりが近くなると、僕は東京都内のある公園の管理事務所に電話をする。そこでは、園内でのバーベキューが認められている。あのう、そちらでバーベキューをしたいのですが、前もって予約をしたほうがいいですか。
必要ないですよ、と管理人。だってこの寒いのにバーベキューをする酔狂(すいきょう)な人はあなたたちだけですから。どうぞ、どうぞ。
そんなわけで12月のある日、僕と仲間たちはその公園に参集する。管理人は呆(あき)れていたが、12月はバーベキューに最適の季節だ。焚火がとても楽しいのである。とんでもなく寒いが(公園は湾岸沿いなので海風が吹く)、火が熾(おこ)って周りがじんわり暖かくなってくると、人が集まり出す。肉にまんべんなく火が通るように、全員があれこれ口出しもする。言い忘れたが、肉は塊(かたまり)を吊るして焼く。脂まじりの肉汁が落ち、じゅっと音がして小さな炎が上がる。必ず誰かが、わあっ、と言う。
焚火で思い出すのは、ジャック・ロンドンの「火を熾す」という短編だ(柴田元幸編訳で同題の『火を熾す』という短編集が出ている)。犬を連れた男が歩き出す場面から話が始まる。舞台となるのはカナダのクロンダイク。ユーコン川流域で、冬の寒さが厳しい地方だ。華氏で零下50度(摂氏で零下約45.6度)になったらひとりで旅をしてはいけない、という経験則からくる戒(いまし)めがその地方にはあるのに、男は犬だけを連れて出てしまった。途中、寒さを凌(しの)ぐために焚火をしようとするのである。
ロンドンは短編の名手で、人生のさまざまな局面を鮮やかに切り取った作品を多数残した。『火を熾す』には、そんな短編が9作収録されている。ご紹介した表題作で魅力的なのは、男がかじかんだ手で火を熾そうとする場面だ。パチパチと小枝がはぜる音や、周囲の雪がわずかな火に照らされてぼんやり浮かび上がる情景が目に浮かぶ。焚火は冬の風物詩。でもできれば、ひとりではなく大勢で、安全な場所で楽しみたい。