書評
『インビジブルレイン』(光文社)
従来の強いタイプとは一味違った心弱さもあわせもつ女性刑事がひたむきに闘う愛おしさ
東京・東中野のマンションで惨殺死体が発見された。殺された小林充は、広域暴力団に属する下っ端ヤクザだ。姫川玲子の属する警視庁捜査一課第十係が捜査に当たることになった。だが思わぬ障壁が彼女の前に立ちはだかる。上層部から、不可解な指示が下されたのだ。捜査の途上に柳井健斗という人物が浮上しても、決して調べてはならない。もし禁を破れば、刑事部全体を揺るがす事態が引き起こされるからだ――。
『インビジブルレイン』は、警視庁捜査一課殺人犯捜査第十係の刑事、姫川玲子シリーズの第四作である。作者の誉田哲也は、警察小説の意欲作を次々に発表している俊英だ。『武士道シックスティーン』(文藝春秋)に始まる連作青春小説を発表するなど、ミステリー・ジャンルのみに留まらない才能を発揮している作家でもあり、本書にもそうした美点が十分に生かされている。物語運びが軽快なので、警察小説に馴染みのない読者でも安心してページを繰ることができるだろう。
女性刑事を主人公にした警察小説は、過去にも多数書かれてきた。警察はあからさまな男性優位主義の論理が支配する組織である。内部に歴然として存在する女性差別の視線に敢然と立ち向かうさまを描くのが、女性刑事ものの定番だった。強いヒロイン像が求められていたわけだ。
姫川玲子という主人公は、男性から好意を示されれば動揺するし、自分の外見を気にするだけの気取りもある。刑事という立場を離れたら、普通すぎるほどに普通の女性だ。とても先人たちほどの強さはない。むしろ、脆(もろ)い心の持ち主といっていい。だが、そんな姫川でも女性ということで警察組織の中では突出して見える。男性刑事から無理解や非難の視線を向けられることさえあるのだ。
「あたし……嫌われても平気なんかじゃないですよ」
思わず呟いてしまうほどに弱い女性が、過酷な状況に追いこまれる物語である。ありふれたチンピラ殺しが、いつの間にか警視庁の恥部を暴くことになりかねない爆弾へと発展した。下手に動けば、彼女を愛し、守ってくれてきた仲間を苦境に巻き込んでしまうだろう。この辛すぎる試練に、少し捜査の能力に長(た)けているだけ、という普通の女性が立ち向かっていくのだ。歯をくいしばって前を向こうとする玲子の姿が、実に愛おしく感じられる。
ALL REVIEWSをフォローする










































