書評
『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(講談社)
鮮烈な印象残す物語
タイトルは、収められた二十四の短篇(掌篇含む)の中の一作の表題から。こんな文章に読み手はびっくりする。掃除婦が物を盗むのは本当だ。ただし雇い主が神経を尖らせているものは盗らない。
掃除婦の「わたし」は、認知症気味の雇い主が溜め込んでいる十五個もある瓶入りのゴマを一瓶盗んだ。それ以外に盗むのは、睡眠薬である。複数の家で働く彼女は、それぞれの家から集めた睡眠薬を三十錠持っている。バスに乗って、カリフォルニアのあちこちの家に行き、掃除をする彼女は、行く先々で、死んでしまった薬物中毒の夫、ターのことを考える――。
掃除婦は、小説の作者であるルシア・ベルリンが実際に、自分自身と四人の子どもの生活のために選んだ職業の一つだそうだ。表題作のみならず、書かれた小説の大半は、作家自身の体験をもとにしているという。掃除婦だけでなく、いくつかの職業が詳細に描かれるが、まず、たまげたのは本人ではなく祖父の職業である歯科医が描かれる一篇「ドクターH・A・モイニハン」。ある日、祖父は孫娘にお手製の自分の「入れ歯」を見せる。黄ばみや欠けまで本物を再現した渾身の作。ダメになってきた自前の歯を全部一気に抜いて、瞬時にこの完璧な「入れ歯」を嵌(は)めるという祖父の壮大な計画に、十代の孫娘は助手として参加させられる羽目になる。ウイスキーをラッパ飲みしながら自らペンチで歯を引き抜く祖父。いよいよ自分ではムリとなったところで、孫娘にペンチを握らせ「抜けえ!」と命令。夢中で歯を抜く孫。気絶する祖父。止血にはティーバッグを噛(か)ませるという祖父の方法を実践するも、そこに出来したのは「血まみれの首」「リプトンのタグをパレードの飾りみたいにぶらさげた生きたティーポット」。ともあれ、この凄まじいスプラッターを経て、祖父の入れ歯計画は完遂されるのだが。
短篇に登場するのは、掃除婦、矯正器具を背中につけた女生徒、共産主義にかぶれた地味な女教師、断酒会に通うアルコール中毒患者、創作を習っている囚人等々。どこかタガが外れた、ぶっ壊れてしまったような彼らの物語が、しかしなぜだか胸の奥に食い込んで離れなくなる。
「どうにもならない」という一篇は、酒を切らしたアルコール依存症のシングルマザーが明け方、子どもが起きる前に遠い酒屋までウォッカを買いにいく話だ。「植え込みや木の幹につかまり」「歩道のひび割れを数えながら」よろよろ歩き、失神寸前で酒瓶を手に入れる。
自伝的な物語であるがゆえに、断章のように綴(つづ)られる短篇が、読んでいるうちに繋がって来る。癌で死を目前にした妹の看取りをしながら、冷たかった母のことを思い出す「ママ」や「苦しみ(ドロレス)の殿堂」「沈黙」といった作品から、他の作品にも出てきた家族の姿を繋ぎ合わせていくと、一篇の長い自叙伝を読了した感覚を持つ。結婚と離婚、アルコール依存症、性的虐待、孤独な少女時代、職場だったER(救急救命室)や刑務所での出会い。胸を抉(えぐ)られるエピソードも多いが、独特のユーモアと詩的なイメージに貫かれ、鮮烈な印象を残す物語の数々に魅了された。
人生はただ苛酷なわけでも、ただおかしいわけでも、ただ悲しいわけでも、ただ美しいわけでもなく、それらすべてであり、それ以上のものだ。それをわからせてくれるのが小説で、人生をそのように見る方法を提供するのが小説というものなのだ。ルシア・ベルリンの短篇は、それを私たちに教えてくれる。
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