内容紹介
『精霊たちの家 上』(河出書房新社)
女性たちの語り継ぐ物語
新星の出現前回紹介したガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』の出版が1967年。この小説が巻き起こした熱狂も一段落ついたころ、1982年に出版されて『百年の孤独』女版だと話題を呼び、広く読まれたのがチリ出身イサベル・アジェンデの『精霊たちの家』だ。10年後には豪華スター陣をキャストに配し、ビレ・アウグスト監督によって映画化もされた(邦題は『愛と精霊の家』、1993年)この作品は、その人気によっても『百年の孤独』の後を継ぐものだ。作家が女性だから『百年の孤独』女版と言われたのではない。ある一家の数代に渡る年代記を、主にその一家の女たちの視点から描いているから、そう言われたのだ。もちろん、その奇想天外なストーリーのおもしろさにおいても、『百年の孤独』に引けを取らない。
ストーリーのおもしろさ
婚約者を歯牙(しが)にもかけない絶世の美女ローサと未来を予言する能力のあるクラーラの姉妹がいる。ローサは父親の政争に巻き込まれ、間違えて毒殺されてしまう。その死を予言したことから責任を感じたクラーラは、その後9年間誰とも口をきかなくなる。やっと再び囗を開いたのは、取り残された姉の婚約者と結婚すると、自らの未来を予言したときだった。――これが女たちの住むデル・バージェ家の年代記の最初の5分の1ほどの内容。こうしてまとめただけでも、この姉妹の話が人を引きつけてやまないものだということが分かるのではないか。絶世の美女は物語に必要不可欠だ。それが恋人など気にしないつれない女であれば、魅力は倍増だ。加えて、妹が心の傷を抱えて自らの殻に閉じこもるとなれば、妹に感情移入しないではいられない。この閉じこもりが陰鬱(いんうつ)にならないのは、彼女が未来を予言したり、手に触れずにものを動かしたり、あるいは精霊たちを呼び集めたりする能力を持った人間として描かれるからだろう。クラーラは「中庭が三つある両親の屋敷で穏やかな思春期を送った」とのこと。
書き継がれる物語
そんなクラーラは、沈黙の中に閉じこもりながら、もう1つ重要な役割を果たしている。そのことが小説の書き出しに明記されている。
Barrabás llegó a la familia por vía marítima, anotó la niña Clara con su delicada caligrafía. Ya entonces tenía el hábito de escribir las cosas importantes y más tarde, cuando se quedó muda, escribía también las trivialidades, sin sospechar que cincuenta años después, sus cuadernos me servirían para rescatar la memoria del pasado y para sobrevivir a mi propio espanto.
(Isabel Allende, La casa de los espíritus, Barcelona: Random House Mondadori, 2003, p.11より引用)
バラバースは海を渡ってわたしたちのもとにやってきた、少女クラーラは繊細な文字でそう書きつけた。その頃から彼女は、なにか大きな事件が起こると、ノートにつけるようにしていたが、その後誰とも口をきかなくなると、日常の些細なことも書きとめるようになった。それから五十年後、わたしはそのノートのおかげで過去のできごとを知り、突然襲ってきた不幸な時代を生き延びることができたのだが、当のクラーラは自分のノートがそんなことに役立つとは夢にも思わなかったにちがいない。
【イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』木村榮一訳、国書刊行会、1989、p.7 より引用】
バラバースというのはクラーラがかわいがっている犬の名だが、その犬の出現に始まって、日常の細々としたできごとを、何もかもクラーラがノートに書きつけていたというのだ。そのノートを「わたし」が「五十年後」に見つけ出し、それをもとに一族の過去を語り直している。それが小説『精霊たちの家』の大枠だ。そのことが書き出しでは提示されている。「わたし」はその後もときおり顔を出してクラーラの書いたことを補っている。こうしてストーリーが進行し、やがて「わたし」がクラーラの孫娘アルバのことだと明かされる仕組みになっている。『精霊たちの家』はこのように、祖母と孫、2人の女性の視点から書き継がれた一族の年代記だ。
50年後
ところで、この年代記、「五十年後」に完結するとのこと。「五十年後」は1973年だ。チリではクーデターのあった年だ。クラーラが結婚した相手は保守系の上院議員としてこのクーデターを支持する側に回った。孫娘アルバはクーデターに倒れた大統領、革新系のサルバドール・アジェンデを支持する側だった。こうした立場の違いが小説のクライマックスとなる悲劇を引き起こす。予言で始まったはずのものが、現実の社会問題に終わる。『精霊たちの家』は、そのようにとても具体的で現実に根ざした小説でもあるのだ。
作者はクーデターに倒れた大統領と同じ姓だ。そう。実はこの大統領のいとこがイサベル・アジェンデの父親なのだった。
【単行本】
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