書評
『日本人の恋びと』(河出書房新社)
一家の歴史の謎と愛の情熱
サンフランシスコ郊外の高齢者用施設から物語は始まる。ここで介護士として働くようになったモルドバ出身の若い女性イリーナ。施設で暮らす貴婦人のようなユダヤ系アメリカ人アルマの謎に彼女は興味を抱く。一方、アルマの孫息子セツも祖母の謎を解こうとしていた。彼女に届くイチという署名のある手紙の差出人は誰か。主要な登場人物はそろった。だが、謎解きは大きな時空間を引き寄せ、一家の歴史にまで発展していく。その結果、読者の予想を超えて、実に多彩でダイナミックなドラマが次々に展開する。ナチス支配下のポーランドでのユダヤ人迫害、米国の日系人社会と真珠湾攻撃に伴う収容所生活、そこで苦難の日々を過ごしたフクダ家の人々の経験。母親ヒデコのリーダーとしての活動ぶり、それと対照的な園芸家だった父親の憔悴(しょうすい)ぶり。上の息子の反抗、成績優秀な長女メグミは病院で医療の仕事に精を出す。そして父親の仕事を継ぐのが末息子のイチメイだ。
一方、メグミを見初めるのが収容所の憲兵ボイドである。アジェンデの作品では悲惨さばかりが語られるわけではない。愛のエピソードが絶えず絡むことで物語は華やぐ。アジェンデが得意とする味付けである。愛を燃え立たせる情熱が物語を駆動させるのだ。
語り手以外、この小説に一方的な観察者はいない。イリーナでさえ児童ポルノの犠牲者だったことが明かされる。時間は行き来するから、断片の連続に読者はめくるめく思いをしそうだ。とはいえ、最大の関心は、人種も階級も異なるアルマとイチの愛の行方だろう。戦争は二人の愛を物理的に引き裂き、アルマは意外な人物と結婚する。ただしこの結婚には仕掛けがあるのだ。
早くからラテンアメリカ各地を転々とし、母国チリの動乱を逃れカリフォルニアにたどり着いた経験を持つ著者の作品には、少数派への共感がこもっているが、本作でもその傾向は収容所の描き方などに表れている。そして物語は、幻想的エピソードとロマンチックな手紙で締めくくられる。ところが余韻に浸りたい読者は、予想外のことを知らされる。手紙には二重の謎があった。アルマの深い愛を象徴するどんでん返しである。
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