書評
『NETFLIX コンテンツ帝国の野望 :GAFAを超える最強IT企業』(新潮社)
今こそ読みたい ネット配信前夜の戦略
副題に「GAFAを超える最強IT企業」という、それらしい言葉が躍っているが、内容とは無関係なので注意されたい。とはいえ、そこに本書が傑作たるゆえんがあるので、ますます注意されたい。現在のネットフリックスは確かに「最強IT企業」の一角を占めている。2018年時点で契約者は全世界で約1億4000万人。独自コンテンツの制作費でも他社を圧倒している。エンターテインメント業界の競争構造を一変させ、ウォルト・ディズニーを脅かす存在にまでなった。
その優位は資金力ではない。膨大な顧客の利用データに強みの正体がある。誰が、どこで、何時に、何時間、どういう映画を見ているのか。どのシーンを早送りし、どの俳優をひいきにしているのか。ビッグデータとアルゴリズムを駆使することによって契約者の選好と行動を驚くほどの精度で予測する。
本書は1997年の創業からネット配信前夜を対象としている。創業以来10年近くにわたり、ネットフリックスは「郵便DVDレンタル屋」だった。この事実を忘れてはならない。業界を支配していたのは実店舗のネットワークを全米に張り巡らしたチェーン店・ブロックバスター。防衛王者と挑戦者との丁々発止の競争の成り行きが最高に面白い。事実の詳細だけでなく、両サイドの経営陣の心情心理にまで深く踏み込んだ記述。競争戦略の事例として、これ以上ない示唆に富んでいる。
ブロックバスターも果敢な対抗策で何度となく挑戦者をダウン寸前まで追い詰める。その都度、ネットフリックスは自分の得意技に磨きをかけ、巻き返す。ブロックバスターこそがネットフリックスを業界王者へと鍛え上げた「陰のトレーナー」だったといってよい。競争の不思議な面白さを鮮やかに描いている。
刻々と技術が進歩し競争環境が変化する中で、ネットフリックスはしびれるような意思決定で戦術的な後退や転進を繰り返し、ついに今日の地位についた。しかし、戦略のコンセプト──いつでもどこでも好みのコンテンツを簡便に見ることができる──とそのための基本戦略はまったくブレない。ただのレンタル屋だった当初から社名は「ネットフリックス」だったのである。
本書が描くネット配信前夜にネットフリックスの戦略と競争優位のすべてがある。裏を返せば、この時期を知らなければ本当の姿は分からない。いま読むことに価値がある。原書の出版は2012年。翻訳が遅れたことを喜びたい。
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