書評
『ダイエット幻想』(筑摩書房)
他者の声に漂流せず自分で人生の物語を紡いでゆく
近所の通学路を歩いていると、向こうから女の子が二人駆けてきた。小学二年生くらいだろうか。追いかける子が、後方から息を切らして叫んだ。「なんでそんなに速く走るのぉ」
私の横を走り抜ける子が、大声で返した。
「やせたいからー!」
ぎょっとして、思わず振り返ってしまった。細い体形の愛らしい児童だったが、言葉のリアリティーはさておき、社会に蠢(うごめ)く「やせたい」呪縛に素手で触れたような心地悪さを覚えた。
『ダイエット幻想』は、文化人類学者である著者が「やせたい」呪いを解く一冊である。おなじ著者に、医療人類学と食文化の両側面から過食や拒食を考察する著作『なぜふつうに食べられないのか』(春秋社)があるが、とかくひと括(くく)りにされがちな「摂食障害」をつうじて世界と個人との関わりが明示され、刺激的だった。そもそも私たちは、歩いたり読んだり話したりするのとおなじように、「ふつうに」食べることによって日常生活の基盤や人間関係を築いていることに気づかされた。
本書では、まずダイエットは〈自分の身体が他者からの呼び声で満たされる〉ことから始まっていると指摘する。そもそも「やせたい」という気持ちには「承認欲求」や「差異化の欲望」が複雑に絡んでおり、自分らしさを探そうとすればするほど、自分のなかの他者の存在に気づくことになる、と。
「自分探しを始めると、それまで以上に他者に呼びかけてほしくなります」
「(自分探しとは)他者に合図を送る作業でもあるのです」
やせたいと願うこと、ダイエットをすることは、自分のためだけではなく、他者へのアピールや示威を含んでいる可能性がおおいにある。
シンデレラ体重という言葉も怖い。シンデレラ体重の指標はBMI18だというのだが、明らかに極端な身体状況を示しているにもかかわらず、若い女性のやせ願望に拍車をかけている。さらに、その現象を助長しているのは、ことに日本で奨励される「かわいい」「愛されたい」「選ばれたい」……著者は、フェミニズムの文脈を使わず、あくまでも自己と他者との関係を解きほぐすことによって、ダイエットにつきまとう幻想を批判しながら引きはがしてゆく。
うっかりしていると、男女を問わず、社会があの手この手で仕掛けてくるダイエットの誘いに攪乱(かくらん)される。根拠が薄いのに数字に引きずられがち。糖質制限などのタブーを作るダイエットに、つい耳をそばだててしまう。カリスマ的存在がダイエットを謳(うた)ったり情報を流したりすると、ふらふらとなびく……、その背景にあるのは「変身の物語」を手に入れたい願望だと、著者は看破する。なりたい自分を手に入れるためのダイエット。しかし、それが他者のためだとしたら――。
「他者の声に漂流しないための処方箋の一つは、自分を点ではなく、ラインを描き続ける存在として捉えることです」
著者の提示する「ライン」とは、個々の人生の軌跡。自分と世界の間に生成されるものを体感する力を養ってほしいと説く。
若い世代を対象にしたちくまプリマー新書として刊行されているが、大人にとっての水先案内としてもぜひ。
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