書評
『石の物語: 中国の石伝説と『紅楼夢』『水滸伝』『西遊記』を読む』(法政大学出版局)
三つの物語に石の円環
書名を一瞥(いちべつ)しただけで、もうこれは読むしかないと観念させられるタイプの本がある。サブタイトルに紅楼夢の文字をみとめた瞬間に、紅迷の僕は観念した。本書は中国の石伝説と、冒頭がいずれも石から始まる「紅楼夢(石頭記=石の物語)」「水滸伝」「西遊記」を論じたものである。先ず、「他のテクストから完全に自由なテクストは存在しない」という「テクスト相関性」から始まり、女カ(じょか)が五色の石を溶かして蒼天(そうてん)を補修したという神話が語られる。しかし、女かは余った一個の石を捨てたのだ。その石が俗界への欲望を燃やして玉に姿を変え下界に天下る。こうして紅楼夢の幕が上がる。著者は、紅楼夢の中心を成す宝玉と黛玉(たいぎょく)の恋を、玉の持つ清らかさと真正さを手掛かりに「偽りに汚染された公的コード(≒儒教)の押し付けに抵抗し、清らかで真正な私的空間を何とかして守ろうとする人間の悲劇」と読み解く。そうであれば、舞台が閉ざされた富豪の庭園・大観園であることにも納得がいく。著者の主張がストンと腑に落ちるのは、石の神話を渉猟し尽した後で石と玉との関係を整理し、その延長線上に紅楼夢の構成を見据えているからだ。
孫悟空は、女カ石と同じく変容のエネルギーを持つ石から生まれトリックスターとインド伝来の好色な猿という二つのテクストを加えて絵解きがなされる。石の下に封印されていた星の化身たちが解き放たれる水滸伝は、文字を刻んだ石碑が紅楼夢と共通している。著者はモーゼの石板に言及しているが、キューブリックのモノリスや八犬伝にもイメージは繋がろう。ともあれ、石を題材に、仏教、儒教、道教を縦横無尽に論じたこれほどまでに豊饒な世界が展開されるのは、一つの奇跡に近い。この三つの物語は、すべて石の円環の中にあるのだ。「花には香り、本には毒を」という大好きな言葉があるが、新訳紅楼夢(井波陵一)を再度手に取ったのは、毒が速やかに回ったからだろう。廣瀬玲子訳。
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