書評
『神々の捏造 イエスの弟をめぐる「世紀の事件」』(東京書籍)
「ヤコブの骨箱」があぶり出すもの
イエス・キリストの兄弟にヤコブがいて、イエスの死後、使徒たちの中にあって十分に有力な地位を占めていたらしいことは新約聖書の記述から推定されている。そのヤコブの骨箱が発見され2002年に公表された、となると、これはただごとではない。骨箱には“ヤコブ、ヨセフの息子、イエスの兄弟”と、往時のものと確認できる文字や技術で刻まれており、本物として世界中に驚嘆をまきちらした。ヤコブの骨箱はイエスその人の実在を裏づける物的証拠となりうるからである。
この骨箱がなぜ、どのように「本物」として公開されるに至ったか、本書はイスラエルを中心に古物蒐集(しゅうしゅう)家や考古学の関係者、それに目を光らせる警察など、ひとことで言えば魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界を克明に尋ねて、興味深い読み物となっている。追究の目的に向かってまっすぐに進むのではなく、あっちに触れ、こっちに寄り道して、学者の家の門前に群がる猫にまで筆を伸ばして
「そんなの、関係ないだろ」
という部分もあるのだが、それによりドキュメントとしての現実感を高め、味わいを醸し出している。この手のノンフィクションによく見られる筆致である。
それにしてもこのテーマは、キリスト教に縁の薄い私たちには想像もできないほど重く、深い。世界の宝、どえらい金儲(もう)け、考古学的大発見などなどは見当がつくけれど、“プロテスタントとしては、キリストに兄弟がいたことは、自分たちの教義からして自然なことである、と考えた。しかし、マリアは終生処女だったと信じるカトリックにとって、骨箱は教義に異議を唱えるものだった”という宗教上の対立にも関(かか)わり、ユダヤ教はユダヤ教で、キリストの周辺よりエルサレムの神殿建立に関わる遺跡のほうがはるかに重要として骨箱の価値を貶(おとし)めようとする。国家の威信もかかったりして容易ではない。原著のタイトルは『非聖なるビジネス』。怪しい関係者があぶり出され、欧米文化の原点が少し見えてくる。
朝日新聞 2009年10月18日
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