書評
『院長の恋』(文藝春秋)
手だれの筆で人生描く快い短編集
50代、60代の主婦層には小説のファンが多い。広く接してみると、とても熱心に読んでいる。好みは男性や若い人とは異なるが、彼女たちは経済性に富んでいるから、「本? 買うのは厭よねえ」
購買力にバイアスがかかり、好みがかならずしもベストセラーその他の統計に反映されないうらみがある。それでも、うまく調達して、好みの作家を選んで読んでいる。たとえば佐藤愛子。
「ユーモアがあって好き」
「ちょっとエッチなとこもあるけど」
と眉をひそめるが、そこが好きだったりして……。
『院長の恋』は、まさしくそんな作品を集めた快い短編集だ。表題作は精神病院の院長として順風満帆、よい家族にも恵まれ、いいことずくめの52歳が身も世もあらぬ恋に陥り、少年みたいに有頂天。相手は出入りの製薬会社の営業部員(エムアール)で、本物のワルではないが、おいしい恋を適当に楽しむタイプ。かたわらで一部始終を見ている院長秘書は信じられないやらショックを受けるやら……草津の湯でも治せない恋のくさぐさが、おもしろおかしく描かれている。
「離れの人」の主人公は78歳の老婦人。安楽な人生を送り、文句なしの上品さが身についている。が、セックスのほうが特上らしく、周辺には思いがけず余福に預かった男性が何人かいるみたい……。
一番最初の、彼女を熱烈に愛しながらも交わりのないまま戦死した青年が、今は亡霊となって離れのすみに現れたりするのだが、老婦人は、
「誰? あんた、誰?」
と思い出せない。交わりのなかった相手は、やっぱり記憶に残らないのかな。男女の仲における交わりの意味についてトンチンカンとも思える超論理で小説を組み立てているのは、手だれの筆致だ。
「沢村校長の晩年」は妻に先立たれ、一見不自由に思われがちだが、自分勝手に生きたいと願っている元校長のもとに、まことに善意そのもの、おせっかいのお手伝いが日参してくる、というストーリー。
どれもみな冒頭に触れた読者層にお薦めである。
朝日新聞 2009年03月15日
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