書評
『ゴールドラッシュ』(新潮社)
神戸の事件に心底から衝撃を受けたという柳美里氏が、十四歳の少年を主人公に渾身のフィクションを書き上げた。舞台は横浜。少年の家庭は裕福だが、母親は離婚同然で不在、姉も高校に通わず遊び歩くなど崩壊している。孤独な少年は、パチンコ店チェーンを経営するワンマンな父親と衝突して、衝動的に殺害。札束を手につかの間の全能感に浸るが、次第に追いつめられ、ついには罪の意識に目覚めるまでが描かれる。
ドストエフスキーの『罪と罰』と展開が似ている。著者の愛読書だそうだが、狂乱のバブル経済や戦後の年輪を刻む裏街を背景に、今の日本を生きる人びとの心の空虚を問いかける小説に生まれ変わった。
作品としての完成度は、いまひとつかもしれない。人物や筋の運びが類型的だし、文体もどこかまとまりがない。にもかかわらず本書が読ませるのは、十四歳の少年が平気で人を殺すなんて、心の中はどうなっているのだろうという人びとの疑問に、正面から答えようとしているからだ。
いくつかの夢の描写が効果的である。地の文がいつの間にか夢のなかに入り込み、少年の恐れや願望や、無意識が渦巻くように展開してゆく。少年なりの論理や感情が、痛ましいほど大人たちに無視され、拒否されていくさまも描かれる。少年は、突発的な怒りに自らをゆだねるしかない。
こうして浮かびあがるのは、少年が少年なりに家族を再生させようとしていたことだ。少年は、中年ヤクザの金本に父親を、若いお手伝いの響子に母親を求める。しかし二人は、殺人を許さない。少年の自己中心的な世界は揺らぐ。そして苦悩の末、二人と共に生きるには、罪を引き受け自首するしかないと悟るのだ。
《わたしを信じて。なにかを信じなければ生きていけない》と迫る響子に、少年はとうとう《あぁぁ しんしる しんしるよ》と答える。捨て身で時代に立ち向かった著者の営為が到達した、感動的な結末である。
【この書評が収録されている書籍】
ドストエフスキーの『罪と罰』と展開が似ている。著者の愛読書だそうだが、狂乱のバブル経済や戦後の年輪を刻む裏街を背景に、今の日本を生きる人びとの心の空虚を問いかける小説に生まれ変わった。
作品としての完成度は、いまひとつかもしれない。人物や筋の運びが類型的だし、文体もどこかまとまりがない。にもかかわらず本書が読ませるのは、十四歳の少年が平気で人を殺すなんて、心の中はどうなっているのだろうという人びとの疑問に、正面から答えようとしているからだ。
いくつかの夢の描写が効果的である。地の文がいつの間にか夢のなかに入り込み、少年の恐れや願望や、無意識が渦巻くように展開してゆく。少年なりの論理や感情が、痛ましいほど大人たちに無視され、拒否されていくさまも描かれる。少年は、突発的な怒りに自らをゆだねるしかない。
こうして浮かびあがるのは、少年が少年なりに家族を再生させようとしていたことだ。少年は、中年ヤクザの金本に父親を、若いお手伝いの響子に母親を求める。しかし二人は、殺人を許さない。少年の自己中心的な世界は揺らぐ。そして苦悩の末、二人と共に生きるには、罪を引き受け自首するしかないと悟るのだ。
《わたしを信じて。なにかを信じなければ生きていけない》と迫る響子に、少年はとうとう《あぁぁ しんしる しんしるよ》と答える。捨て身で時代に立ち向かった著者の営為が到達した、感動的な結末である。
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朝日新聞 1999年1月24日
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