書評
『黄金の声の少女』(新潮社)
豊かな記憶、そのまま読者に
イングリット・カーフェンというドイツ生まれの歌手をご存知だろうか。映画監督のファスビンダーに愛され、イヴ・サン・ローランに影響を与え、この本の著者であるシュルと出会い、ミューズとなった女性……と説明すれば、どこか誇張の匂いもするが、この小説は破天荒な人生を送った一人の女性の生涯を描いただけではない。遠い記憶に少しずつ肉づけしていくような著者の筆致がまず素晴らしい。過剰なセンチメンタリズムを排し、豊かな記憶をできるだけそのまま読者に送り届けようとする書き方に、小説を読む快楽をかきたてられる。
この小説を読むとノスタルジーって大切な道具なんだな、と得心する。過去を潤色するだけがその役割ではない。おじいさんのちょっとした仕草、ピアノのレッスンを受けた教室の陽の翳(かげ)り。細部を緻密に構築することの果てに、突然、小説は姿を現す。
こんな豊かな読後感を与えてくれる小説を、私たちは久しく読んでいないのではないか。そんな大仰な感想まで抱いてしまいそうになる。二〇〇〇年度にフランスで最も権威を持つ文学賞、ゴンクール賞を受賞した。横川晶子訳。
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