書評
『レッドパージ・ハリウッド――赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』(作品社)
追放後も密かに映画を支えた脚本家たち
レッドパージ(赤狩り)はマッカーシズムの別称でも知られるが、その頂点をなす映画界での粛清にマッカーシー上院議員は直接関わっていない。主役は下院非米活動調査委員会(HUAC)だった。米ソの冷戦が深まる1947年、HUACは40人以上の映画人に共産主義者の疑いで召喚状を発する。ここにはチャップリンも含まれており、HUACはアメリカ的権威に逆らう者をすべて標的にする意図をすでに持っていた。実際、チャップリンはアメリカから事実上追放される。
HUACの召喚に応じた者のうち東独に向かったブレヒトを除く10人を「ハリウッド・テン」と呼ぶが、彼らは合衆国憲法の思想信条及び言論の自由を盾にとって、証言を拒否した。その結果、全員が議会侮辱罪で投獄される。
ハリウッドはHUACに屈服した。ここに召喚された映画人は自分の知る共産主義者を密告しない限り、映画産業のブラックリストに載り、業界から追放された。
本書は、密告を拒否して追放された主に脚本家の仕事を紹介する研究書である。
よほどの映画ファンでも知らないトリビアルな記述が満載されて興味が尽きないとともに、赤狩りが今も根づよいアメリカ中心主義の表れであり、また、映画界が舞台になることで、メディアの無意識的情報操作が引きおこしたパニックの最初期の一例だという大きな視点も提示する。
しかし、何より面白いのは、赤狩りの結果、ハリウッドは有能な映画人を失って衰退の道を下ったという紋切り型の史観が覆されることだ。実は、追放された脚本家たちは密かに良質の仕事を行い、ハリウッドに貢献していたというのが本書の最大の論点なのだ。たとえば、ハリウッド・テンの一人、ドルトン・トランボは、匿名で『ローマの休日』(!)、偽名で『黒い牡牛』の脚本を書き、二度もアカデミー賞を獲っている。
その経緯の推理小説のように緻密な論証は実際に読んでいただくほかないが、これはほんの一例。ともかく、著者の情熱と知識に脱帽するしかないパワフルな書物なのだ。
朝日新聞 2006年9月10日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする








































