書評
『ボゴタの人々の中で』(Grijalbo Mondadori)
ジャーナリスト時代のガルシア=マルケスの記事を集めた作品集『ボゴタの人々の中で』が出版された(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1983年)。注目すべきは、その中に、『落葉』や『百年の孤独』のための習作が見られることだ。
『百年の孤独』が当るまでのガルシア=マルケスはコロンビアの一地方作家にすぎず、ジャーナリズムの仕事で食いつないでいた。ところが、その副業の方では早くから才能を認められ、コロンビア有数のジャーナリストとしてルポルタージュの傑作を生み出している。そのひとつが、彼がゴーストライターとして書き、後に彼の作品として単行本になった、『ある遭難者の物語』で、これは新聞に連載されたとき爆発的人気を呼んだばかりか、海軍の密輸を暴いてしまったことから政治的スキャンダルまで惹き起したという、彼の筆力を示すエピソードが残っている。また、『楽しかりし無名時代』は、五〇年代末に書かれたルポルタージュを集めたもので、『ママ・グランデの葬儀』中の短篇を彷彿とさせる、いかにも彼らしい作品が収められている。だが、それらはもちろん、ジャーナリスト、ガルシア=マルケスが物した記事のほんの一部にすぎない。そのことは、バルセロナのブルゲラ社から刊行中の、彼のジャーナリズム作品集を手に取れば、いやでも認めざるをえない。昨年、四十八年五月から五十二年十二月にかけて新聞に寄稿した記事から成る『カリブ海沿岸地方のテキスト集』がその第一巻として出たのに続き、この四月、ボゴタ時代の記事を集めた『ボゴタの人々の中で』が分冊の形で出版された。第一巻同様今度も、編者ジャック・ジラールによる序文が付されている。といってもそれは、資料を駆使した年譜で、バルガス=リョサによるガルシア=マルケス論『ある神殺しの歴史』以上に詳細なものである。第一巻は、彼が『百年の孤独』に登場する友人たちを得るとともに、文学的に大きな影響を受けた地、バランキーリャの新聞のコラムを中心としている。注目すべきは、その中に、エッセーに混じって短篇や、彼の『落葉』もしくは『百年の孤独』のための習作が見られることだ。「大佐の娘」「大佐の息子」といったタイトルが、ブエンディーア一族を示すものであることは言うまでもない。そう言えば彼はどこかの対談で、当時は文学的な文章を書くように努めていたと述べていた。それに、影響を取り沙汰されるフォークナーに触れた記事が目立つことも興味深い。一方、第二、三巻には、先に挙げた『ある遭難者の物語』や、やはり傑作と言われる、自転車競技のチャンピオンを扱ったルポルタージュとともに、彼の映画評が数多く収録されているのが楽しい。映画評はもとより、シナリオまで書いているラテンアメリカ作家は珍しくないが、彼も例外ではない。ともかく、スポーツ、芸能、文学はもとより、広島、朝鮮戦争に関連する記事まで合む浩瀚な作品集は、総体として見るとき、同時代のコロンビア、ラテンアメリカ、そして世界の文化史及び世界史として立ち現れてくるのだ。この後さらに、彼の渡欧後の時代に書かれた記事を集めた、『欧米から』が続いて出ることになっている。
【関連書】
『百年の孤独』が当るまでのガルシア=マルケスはコロンビアの一地方作家にすぎず、ジャーナリズムの仕事で食いつないでいた。ところが、その副業の方では早くから才能を認められ、コロンビア有数のジャーナリストとしてルポルタージュの傑作を生み出している。そのひとつが、彼がゴーストライターとして書き、後に彼の作品として単行本になった、『ある遭難者の物語』で、これは新聞に連載されたとき爆発的人気を呼んだばかりか、海軍の密輸を暴いてしまったことから政治的スキャンダルまで惹き起したという、彼の筆力を示すエピソードが残っている。また、『楽しかりし無名時代』は、五〇年代末に書かれたルポルタージュを集めたもので、『ママ・グランデの葬儀』中の短篇を彷彿とさせる、いかにも彼らしい作品が収められている。だが、それらはもちろん、ジャーナリスト、ガルシア=マルケスが物した記事のほんの一部にすぎない。そのことは、バルセロナのブルゲラ社から刊行中の、彼のジャーナリズム作品集を手に取れば、いやでも認めざるをえない。昨年、四十八年五月から五十二年十二月にかけて新聞に寄稿した記事から成る『カリブ海沿岸地方のテキスト集』がその第一巻として出たのに続き、この四月、ボゴタ時代の記事を集めた『ボゴタの人々の中で』が分冊の形で出版された。第一巻同様今度も、編者ジャック・ジラールによる序文が付されている。といってもそれは、資料を駆使した年譜で、バルガス=リョサによるガルシア=マルケス論『ある神殺しの歴史』以上に詳細なものである。第一巻は、彼が『百年の孤独』に登場する友人たちを得るとともに、文学的に大きな影響を受けた地、バランキーリャの新聞のコラムを中心としている。注目すべきは、その中に、エッセーに混じって短篇や、彼の『落葉』もしくは『百年の孤独』のための習作が見られることだ。「大佐の娘」「大佐の息子」といったタイトルが、ブエンディーア一族を示すものであることは言うまでもない。そう言えば彼はどこかの対談で、当時は文学的な文章を書くように努めていたと述べていた。それに、影響を取り沙汰されるフォークナーに触れた記事が目立つことも興味深い。一方、第二、三巻には、先に挙げた『ある遭難者の物語』や、やはり傑作と言われる、自転車競技のチャンピオンを扱ったルポルタージュとともに、彼の映画評が数多く収録されているのが楽しい。映画評はもとより、シナリオまで書いているラテンアメリカ作家は珍しくないが、彼も例外ではない。ともかく、スポーツ、芸能、文学はもとより、広島、朝鮮戦争に関連する記事まで合む浩瀚な作品集は、総体として見るとき、同時代のコロンビア、ラテンアメリカ、そして世界の文化史及び世界史として立ち現れてくるのだ。この後さらに、彼の渡欧後の時代に書かれた記事を集めた、『欧米から』が続いて出ることになっている。
【関連書】
初出メディア

海(終刊) 1983年2月号
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