書評
『暗殺の幕末維新史-桜田門外の変から大久保利通暗殺まで』(中央公論新社)
殺さねば解決できない維新期の暗黒に迫る
森鷗外の初めの妻が、造船術に詳しい海軍中将・赤松大三郎(則良)の娘と知り、ああ彼は出世したのだなあ、と得心した。小学生の時に読んだ子母沢寛『勝海舟』は、長崎海軍伝習所で勉学に励む彼を優秀な人物として描いていたと記憶する。ところが伝習所の世話役だった海舟の従者で、飛び抜けた才能を有していた赤松小三郎という人がいたのだ。彼も伝習所で学んだ。あれ? 子母沢が描いた人物は大三郎か、小三郎か。申し訳ないが、いま『勝海舟』が手元になく、確認できない。
赤松小三郎は上田藩士。抜群の秀才で、数学や西洋兵学を学んだ。彼の建白書には、国民軍の設立や、普通選挙による議会政治までが記されていた。京都で西洋兵学を教え、感銘を受けた薩摩藩に招かれた。中村半次郎(のち桐野利秋)・村田新八・東郷平八郎らを教育し、藩士たちの練兵も行った。その彼が、慶応3(1867)年9月、中村に斬られた。享年37。幕府が赤松の兵学を用いたらまずい、という薩摩藩の思惑があったか、と著者は推測する。
小三郎暗殺は、「恩を仇で」返したものである。他にも噂だけで命を奪った事件(塙次郎暗殺)や、無実と知りながら因果を含めて軽輩に詰め腹を切らせた事件(大谷仲之進暗殺関連)など、胸の悪くなる話が、幕末維新期には多くあった。本書はそれらを集め、努めて冷静に説明し、解釈する。当時の社会を深く理解する著者だからこそ、なし得た業といえる。
とくに明治になってからの、井伊直弼と水戸浪士の正反対の評価が激突した顚末、大久保利通を暗殺した島田一郎と憲政運動の意外な連関の分析は、興味深い。自身の内にある「人をねたむ気持ち」や暴力性と対話しながら、読んでみてほしい。
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