書評
『ちよぼ: 加賀百万石を照らす月』(新潮社)
加賀百万石の存続を支えた女性の生きざま
歴史研究者である私は、完膚なきまでの敗北を喫した。加賀百万石は、一般には「利家とまつ」の物語で知られる。まつは満11才でいとこの利家に嫁ぐと、翌年から次々に11人の子を産んだ(うち3人は早世か)。利家とまつの二人三脚は、尾張織田家の中堅将校であった前田家を、加賀百万石の大大名に成長させた。だが、実は前田の歴代の殿さまには、まつの血は流れていない。まつの産んだ男子は2人。長男・利長は男子がおらず、次男・利政は徳川に睨まれて浪人。利長は異母弟の利常を後継者とし、この利常の子孫が江戸時代の前田家を担っていく。そして利常の生母が、本書の主人公、ちよぼなのである。
ちよぼの実家は朝倉家の浪人。彼女はまつに仕えていたが、女主人の代わりに、肥前名護屋(朝鮮出兵の前線基地)に駐屯中の利家の身の回りの世話をした。やがてちよぼは懐妊。利常を産む。彼女は気が強く、利常の母となると、まつに謙(へりくだ)ることをやめたらしい。また利常が前田を継ぐと、彼女は熱烈な日蓮宗の信者だったので、いくつもの立派な寺を建立した。
私はこうしたちよぼの足跡から、運任せで成り上がった、美人だけどイヤな女だと解釈し、歴史コラムにまとめた。ところが、同じ資料を見て、著者はちよぼを気品溢れる、凜とした女性として造形した。彼女は戦国の女らしく「戦うこと」を忘れず、同時に周囲の者には慈愛の眼差しを向ける。彼女の存在が前田家の人たちの魂を救い、加賀百万石の成立と存続は彼女抜きには語れない。
どちらのちよぼに説得力があるか。魅力的か。百人が百人、本書のちよぼに軍配を上げるであろう。畏るべきは、諸田さんの想像力と観察眼、それに筆の冴えである。敬服いたしました。
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