書評
『Wの悲劇』(KADOKAWA)
女流ミステリーの華麗な開花
本格派の書き手の中で活躍のめだつ夏樹静子は、「Wの悲劇」をまとめたが、これにはエラリー・クイーンが解説を付し、「将来、世界の古典に仲間入りする」作品だと称賛している。夏樹静子には現代の社会問題をとりあげた作品と、ミステリーとしての構成やトリックの妙味に重点をおいたものとがあるが、これは作者もいうように、「いつの世にも愉しんでもらえる面白いミステリーに仕上げたいと願って筆を」とった小説であり、ひとつの閉ざされた世界を設定し、そこでおこる事件を解明するといった古典的手法で、本格推理の冴えをみせている。
舞台は正月三日の雪に閉ざされた山中湖畔の別荘。日本屈指の製薬会社会長・和辻与兵衛の一家は、毎年正月、どこかの別荘に出かけ、一族だけがそこに集まって二、三日過ごすのを習慣としていた。その年の集(つど)いの場所である山中湖畔の別荘で、使用人たちもすでに帰り、食後の団欒がはじまろうとするとき、悲劇がおこる。女子大生の摩子が、大伯父にあたる与兵衛の誘惑を拒もうとするうち、誤って刺殺したというのだ。
その夜、別荘にいたのは与兵衛のほかに八人だったが、一族の皆から愛されていた摩子のために、彼らは外部からの侵入者の犯行にみせかけようと、協力して工作した。だが苦心の偽装は警察に容易に見破られてしまう。だれかがわざとわかるように細工したからである。
摩子の家庭教師で、ただ一人の部外者として招待されていた一条春生(はるみ)は、その渦中で推理をかさね、摩子を救う方法を思いめぐらすうちに、事件の裏にひそむ真相をさぐり出す。というわけで、二重三重のどんでん返しが用意されているのだ。
「Wの悲劇」というのは、「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」につづく意識があり、また数字の世界でXYZにつぐ未知数にWが使われること、さらに和辻家の頭文字や、女性(ウイメン)たちの悲劇といった意味あいもこめられているらしい。
夏樹静子は全十巻の作品集も刊行されはじめており、昭和四十二年に推理作家協会賞に選ばれた「蒸発」を収録する第二巻や、医学の人間操作を告発する「風の扉」を収めた第三巻が既刊となっている。彼女の作品の幅と推理文壇における地位は、この作品集を読めばあきらかだ。
さらに小泉喜美子の連作ミステリー「女は帯も謎もとく」は、築地に住む新橋芸者まり勇を探偵役としたユーモア推理で、彼女の周辺におこるいくつかの事件をとりあげている。翻訳も多く、海外のミステリーに精通する一方で、歌舞伎を愛し、古い情緒をたのしむ作者が、戦後の花柳界を舞台に軽妙な筆致で描いた推理ものとして注目される。
女性作家による推理小説の花ざかりが期待される昨今の状況である。
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