書評
『グールド魚類画帖[新装版]:十二の魚をめぐる小説』(白水社)
魚が語る複雑な歴史小説
作家は、ある日偶然、魚の水彩画に出会う。描いたのは、ウィリアム・ビューロウ・グールド。描かれたのはもう二百年近くも前のことだった。作家の名前はリチャード・フラナガン。オーストラリアのタスマニア在住。フラナガンは、グールドについて調べる。何よりその水彩画に魅入られる。写実的な画風でありながら奇妙に人間的な顔をくっつけた(人面!)魚たちを眺めつづけるうち、魚の視点から自分を取り巻く環境、絵が描かれた経緯を語ることを思いつく。そしてこの本が出来上がった。
十二の魚の図版を各章の扉の配した美しい本である。グールドの水彩画もみんなみたくなるほど。そして、原著では章ごとに活字のインクまで変えてあった(翻訳本では、残念だが二色)。語られるのは、元流刑地だったタスマニアを含めたオーストラリアの歴史に取材した架空の物語。
何しろ魚が語っているのだ。縦横無尽にいろんな引用ができる。環境問題やアボリジニの現在にも深く関与し行動する作家が、支配される側の視点から描き尽くした複雑な歴史小説。それにしても、奇天烈な魚!