書評
『城下町江戸の町人地: 制度・仕組・構造』(原書房)
幕府に名主、新開発、火事と水害の歴史
近世都市・江戸の研究は現代人に大事だ。木造家屋の密集地での火災・防火体制の研究は必要だし、注目されていないが、台風時の高潮被害の研究は東京湾沿岸低地の安全に不可欠だ。江戸期の高潮を歴史研究せずに、ウォーター・フロントにタワー・マンションを建てるわけにはいかない。テレビ時代劇に、お江戸の町人が頻繁に登場する割に、江戸町人の社会には謎が多い。江戸の政治史や文化史は二次的な文献に残りやすいが、社会史は「江戸住民の一次史料」が分析に必要だから研究が難航してきた。江戸は大火で、東京は関東大震災と東京大空襲で焼かれ、古文書・古記録の残りが極端に少ない。そのうえ戦後の超巨大都市化でも一次史料が散逸した。私は学部生時代、近世の武家社会史・農村史を専攻したが、町人の社会史も知りたいと、吉原健一郎成城大学教授(当時)の授業を聴き教えを乞うた。吉原氏は気さくなお人柄で何でも即答してくださった。その時分、江戸東京博物館が開館し散逸した江戸の都市史料の収集が始まった。
著者は、この江戸博でも働いていた研究者である。新発見史料が見られたのだから羨ましい。新しい分析を試みている。例えば、隅田川の東は江戸の新開発地だ。そこの深川猟師町の歴史をみると、都市江戸の拡大のさまがわかる。江戸の町名主の暮らしの実態を詳しく解明している。江戸の名主は事実上、世襲だ。夏目漱石も江戸の町名主の家に生まれた。この江戸の名主たちの婚姻・養子の縁戚関係を明らかにしている。名主同士の縁組みが多いが、武家にも縁組みを求め、学芸にいそしんでいた。江戸の名主は商売を兼ねず専業だ。江戸時代は都市の端だった高輪や麻布の名主は年20両の生活費で暮らせたが、日本橋や京橋では60両は必要だったとの研究も紹介されている。今の東京の青山・渋谷あたりの町運営も調べている。家屋敷を持つ「家主(いえぬし)」が毎月輪番で「月番(つきばん)」を務め、お上(幕府)から御触書(おふれがき)がきたら、月番が帳面に控え、町内に触れ回り、隣町に回達した。「月番箱」という町の文書箱があり、人別(にんべつ)帳(戸籍簿)や御触書を写した帳簿・神社、祭礼用の帳簿等がセットで入っており、月番はこれを預かって町の用務をした。
江戸の町は火事に弱い。消防対策費が町の負担になっていた。町ごとに火消し人足を雇っていたせいだ。店(たな)人足という普通住民の消防団には限界があった。1787年から、鳶(とび)人足による建設の高所作業者のより強力な消防が制度化された。町は消防ポンプ担当の竜吐水持ちも雇ったから出費が大変だった。本書には宇都宮の事例もあり、地方城下町の消防研究として貴重だ。江戸は水害も多い。深川が被災した54回の水害をみると、1791年の水害では大潮が入り「深川・本所・亀戸辺で1400人ほどの溺死者」、1865年の大風雨・高潮では深川・本所は「床上浸水5尺(約150センチ)余」だ。
本書を読むと、火と水の災害に常に襲われるなか、江戸の住民たちが相談しあい、幕府役人や世襲名主とやり取りを重ねながら、町の運営に参加し災害にも備える様子がわかる。西洋都市の「市民的自由」とは違う「近世日本型の都市自治」がみえる良著だ。
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