書評
『大映画術 Ⅰ』(国書刊行会)
名匠の言葉、追憶が詰まったドエライ本
本書『大映画術』の原題は、「こんなドエライ映画を拵(こしら)えやがったのはどこのどいつだ」という。これは本書に収録されている、「暗黒街の顔役」や「赤ちゃん教育」など多くの傑作を撮った映画監督である、ハワード・ホークスのインタビューから取られた言葉だ。映画を監督という一個人の表現物と見なす、いわゆる作家主義の立場から、アラン・ドワンからシドニー・ルメットまで、主に古典的ハリウッド映画の名匠たち十六人の長時間インタビューを集めたのがこの二巻本で、ホークスに倣って、「こんなドエライ本を拵えやがったのはどこのどいつだ」と思わず言いたくなる。その「どこのどいつ」とは、「ラスト・ショー」や「ペーパー・ムーン」といった、忘れがたい小品を残したピーター・ボグダノヴィッチである。彼は映画狂が高じて映画批評家になり、さらに自ら映画を撮るまでになった。一九九七年に出版された本書に収録されているインタビューのほぼすべては、実際には彼が批評から実作へと移行していく六〇年代から七〇年代のはじめに行われたもので、ジャーナリストによるインタビューとは異なり、監督どうしの共感にもとづいた、映画製作現場の裏話から技法や演出論までをカバーする幅広さを備えている。本書には入っていないが、彼によるインタビューが本やドキュメンタリー映画になっているジョン・フォードは、「いい加減にせんか、ボグダノヴィッチ!……質問するしか能はないのか?!」と言ったという。名匠たちから胸襟を開いた言葉を引き出した点で、ボグダノヴィッチは映画監督よりもむしろ優れたインタビュアーとして記憶されるかもしれない。
そうして引き出された言葉は、監督たちの生の姿を映し出す。ラオール・ウォルシュが語る体験談は、彼が撮った冒険活劇そのもののように見える。キャサリン・ヘプバーンをはじめとして多くの女優を見出(みいだ)したジョージ・キューカーは、人目を惹(ひ)くような技法ではなく、「人としての態度振る舞い、心の内なる思い」を表現することに重きを置く。それと好一対を成すように、アルフレッド・ヒッチコックは「内容は手法に従属する」と言い切る。「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」について、マッカーシズムを批判する意図があったのかとたずねられて、ドン・シーゲルは「そういう点をことさら強調しようとはしなかった。……映画は第一に娯楽であり、政治演説ではない」と答える。
それぞれのインタビューは、長さも違えば性格も違うし、そこからうかがえる個々の監督の創作観も違うが、彼らに共通しているように思えるのは、映画が何を提供しているにせよ、「映画製作で完全なる抽象にいちばん近づけるのは、空想を自由自在に駆使できるときであり、それこそが私の仕事領域でもある。私が扱うのは人生の断片ではないんだ」とヒッチコックが言うように、それが現実とは異なる空想の世界だという点だ。そして、その別世界を作り出すことに、彼らは誇りを持っていた。「どんな領域の職業であれ、技量のすぐれた者たちは誇りを持っている。……仕事は正しくやり遂げて当たり前、そこに仕事の値打ちがある」というホークスの言葉が、彼らのプロフェッショナリズムを最もよく表している。
言うまでもなく、本書にも限界はある。それは、ボグダノヴィッチがハリウッドの黄金期を一九一二年から六二年までの五十年間と見定め、その枠内から出られないためだ。そのハリウッド中心主義から外れたものや、女性監督たちはほぼ排除されている。彼にとって、インタビューを始めた一九六〇年の時点で、すでに黄金期は失われつつあった。そうしたものの見方は、彼がもともと持っていたノスタルジックな心性とマッチしている。本書が出版された時点でも顕著だった過去の追憶が、さらにそこから三十年近く経(た)って翻訳が出た現在において、いっそう強く感じられてもおかしくはない。一九六二年に公開された「野望の系列」について、それがアメリカ政府に対する痛烈な批判になっていることを口にしながら、それが製作を許可されたことじたい、「私たちの住むこの国が世界で唯一の自由の国であり、私たちには表現の自由があるということを示している」とオットー・プレミンジャーは言う。まだ自由というものが信じられていたその時代が、遠い昔のことのように思えてしまうのは、わたしたちの時代の不幸というものなのだろう。
しかし、嘆くことはないのかもしれない。彼の映画愛の第一幕を飾ったエルンスト・ルビッチについて、多少矛盾した口ぶりで、ボグダノヴィッチはこう書いている。「“昔の映画”というのはこの世に存在しない。すでに見ている映画か、いまだ見ていない映画かの違いがあるのみなのだ」。だとすれば、映画には過去ではなく現在しかない。わたしたちはボグダノヴィッチを映画館への良き案内人として、ここで語られている幾多の名画をただ見さえすればいいのである。
【第二巻】
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