書評

『カムイのフクロウ: シマフクロウを追う』(東京大学出版会)

  • 2026/07/05
カムイのフクロウ: シマフクロウを追う / 早矢仕 有子
カムイのフクロウ: シマフクロウを追う
  • 著者:早矢仕 有子
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2026-04-30
  • ISBN-10:4130639684
  • ISBN-13:978-4130639682
内容紹介:
神と崇められたフクロウ――北海道で絶滅の危機に瀕したシマフクロウの保護の歴史をたどりながら、その成果と問題点を紹介し、生態、繁殖、行動などを野外調査から明らかにする。かれらと人間が… もっと読む
神と崇められたフクロウ――北海道で絶滅の危機に瀕したシマフクロウの保護の歴史をたどりながら、その成果と問題点を紹介し、生態、繁殖、行動などを野外調査から明らかにする。かれらと人間がいつまでも平和に共存できる道を探るシマフクロウのモノグラフ。


【主要目次】
はじめに
第1章 シマフクロウ――島梟
1 世界のふくろう/2 日本のふくろう/3 シマフクロウの分布/4 北海道のシマフクロウ/5 シマフクロウの分布変遷
第2章 生態研究と保護の始まり
1 生態調査の始まり――食性の今昔/2 夜行性ハンター/3 近縁種たち/4 保護活動の始まり
第3章 繁殖生態
1 研究開始/2 巣箱設置/3 産卵と抱卵/4 孵化/5 ヒナの成長/6 巣立ち/7 両親の給餌行動/8 繁殖期の餌動物
第4章 行動圏・環境利用・出生地からの分散
1 独立前/2 出生地からの旅立ちと帰還/3 独立のとき/4 危険な放浪期/5 分散遅延/6 分散距離と近親交配/7 行動圏と環境利用/8 営巣木/9 生息地の継承
第5章 シマフクロウ保護増殖の歴史と未来
1 シマフクロウ保護事業の始まり/2 生息地保全――保護林制度と種の保存法/3 巣箱と補助給餌と足環装着/4 事故死を防ぐ/5 飼育施設における域外保全/6 野生復帰と人為分散/7 ヒトとの軋轢/8 餌付け観光/9 隠せない生息地情報/10 普及啓発活動/11 生息環境復元への市民参加
おわりに/引用文献

野生で生きる若鳥への影響から考える

ある生きものの生き方、すなわち生態を調べることは、たいへん興味深く、個人的にはやりがいのある仕事である。ただし社会的な効用が少なく、実利があるとは考えにくいので、この分野に関する世間の評価はあまり高くない。著者はシマフクロウを対象として、その生態を調査してきた。本書はその結果を記す。

評者は動物には関心があるが、シマフクロウは見たこともなく、名称だけしか知らなかったから、目立つ部分に縞(しま)模様があるフクロウだろうと思っていた。ところが実際には、「しまふくろう」は江戸時代からの文献に記され、「蝦夷ケ島(えぞがしま)」の「シマ」であるという。つまり島梟(ふくろう)である。大型で目立つフクロウなので、当時から北海道のみに分布するとされていたらしい。分類学上では大陸に分布する種の亜種と見なされている。

本書は5章に区分され、第1章は概説、第2章は「生態研究と保護の始まり」で、研究と保護の歴史的ないきさつを記す。第3章「繁殖生態」からいわば本題に入り、「北海道東部十勝川上流域の森のなかに研究拠点を得た」ことにより、巣箱の設置が可能となり、産卵、抱卵、孵化(ふか)、成長、巣立ち、親の給餌行動などについて、具体的に研究が進められるようになった。当時「シマフクロウは主食とする魚類の生息環境悪化と大径木を有する天然林の減少により分布域が縮小し、絶滅の危機に陥って」いた。著者が研究を開始した当時、おそらくごく少数しか生息していなかったかと疑われる。食性については「北海道におけるシマフクロウの食性」として表にまとめられている。

第4章「行動圏・環境利用・出生地からの分散」、第5章「保護増殖の歴史と未来」は合わせてページ数が全体の半分にあたり、国による保護活動の詳細や成果が著者の体験とともに丁寧に記される。熱意がこもった保護に関する記述である。魚食性のシマフクロウの冬季の餌を確保するために、国は給餌用の凍らない池を設置してきたが、近年では写真撮影を目的とする鳥寄せのための給餌も多くなった。著者はそうした無秩序な給餌が将来野生で生きなければならない若鳥に与えるかもしれない影響を危惧する。この部分を読みながら、私はヒト社会での現代の若者の育ち方、すなわちSNS規制を思い出していた。フクロウに限らず、ヒトも自然の中で過ごす時間をもっと増やすほうがいいのではなかろうか。

評者はすでに昨年この書評欄でジェニファー・アッカーマンの『フクロウ』を紹介した。おかげで先週はたまたま松江市のフォーゲルパークを訪問する機会を得た。ここには他の鳥たちとともに多くのフクロウが飼育されている。アッカーマンの著作は世界規模でのフクロウ類の総説だが、今回のこの書物は、シマフクロウという一種だけについてのドキュメントで、そこに本書の特異性と価値があると思う。ただし、ドキュメント性が高いので、読み物というより、参考文献という感が強くなっている。評者の私は、この書評欄を担当して長いが、本を選ぶときに、読みもの性つまり面白さと、ドキュメント性つまり事実の記録、どちらの面を重視するかで迷うことが多い。新聞記事そのものもそのバランスの上に成り立っているに違いない。

著者は絶滅が危惧されたシマフクロウの生態を調査してきたが、国の保護政策もあって、現在では百つがいまで回復しているという。自然保護の重要性はいまさら言うまでもないと思うが、岸田文雄元首相が辞任される前後に「日本の国立公園に高級リゾートホテルを誘致したら」、という発言をされた旨の報道があった。その続きはそうやって「お金を稼ごう」になるのだと思う。世界でトップクラスのお金持ちたちが宿泊するホテルは一泊四百万円から一千万円だと聞いたことがある。岸田元首相の発言の報道を最初に聞いたときは思わず腹を立てたが、冷静に考えてみると、日本の自然が世界に占める重要性を政治家ですら心得ていることを示す良い例だと思うようになった。喜ばしいことといえよう。

まったく代価なしでわれわれヒトに喜びを与えてくれるのは、自然だけである。石油であれ、レアアースであれ、要は自然の産物であって、それを「だれかのもの」とするのは人間の約束事に過ぎない。

天気の良い春の日に外を散歩して気分がいいのは、自然が与えてくれる無償の喜びであり、本質的な人の喜びとは、このようにかならず自然が与えてくれるものなのである。若者たちがSNSに埋もれている時間を幸福と感じるしかないようになることを恐れて、国によってはその禁止をするのであろう。問題は時間を若者が何にどの程度使うかであって、SNS自体の善悪ではない。国立公園に外国の金持ちを呼ぼうとするなら、自国の若者たちにもその素晴らしい自然を十二分に体験させるべきではないのか。

当たり前だが、自然の保護とは、自然のためではない。われわれ人間のための活動なのである。
カムイのフクロウ: シマフクロウを追う / 早矢仕 有子
カムイのフクロウ: シマフクロウを追う
  • 著者:早矢仕 有子
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2026-04-30
  • ISBN-10:4130639684
  • ISBN-13:978-4130639682
内容紹介:
神と崇められたフクロウ――北海道で絶滅の危機に瀕したシマフクロウの保護の歴史をたどりながら、その成果と問題点を紹介し、生態、繁殖、行動などを野外調査から明らかにする。かれらと人間が… もっと読む
神と崇められたフクロウ――北海道で絶滅の危機に瀕したシマフクロウの保護の歴史をたどりながら、その成果と問題点を紹介し、生態、繁殖、行動などを野外調査から明らかにする。かれらと人間がいつまでも平和に共存できる道を探るシマフクロウのモノグラフ。


【主要目次】
はじめに
第1章 シマフクロウ――島梟
1 世界のふくろう/2 日本のふくろう/3 シマフクロウの分布/4 北海道のシマフクロウ/5 シマフクロウの分布変遷
第2章 生態研究と保護の始まり
1 生態調査の始まり――食性の今昔/2 夜行性ハンター/3 近縁種たち/4 保護活動の始まり
第3章 繁殖生態
1 研究開始/2 巣箱設置/3 産卵と抱卵/4 孵化/5 ヒナの成長/6 巣立ち/7 両親の給餌行動/8 繁殖期の餌動物
第4章 行動圏・環境利用・出生地からの分散
1 独立前/2 出生地からの旅立ちと帰還/3 独立のとき/4 危険な放浪期/5 分散遅延/6 分散距離と近親交配/7 行動圏と環境利用/8 営巣木/9 生息地の継承
第5章 シマフクロウ保護増殖の歴史と未来
1 シマフクロウ保護事業の始まり/2 生息地保全――保護林制度と種の保存法/3 巣箱と補助給餌と足環装着/4 事故死を防ぐ/5 飼育施設における域外保全/6 野生復帰と人為分散/7 ヒトとの軋轢/8 餌付け観光/9 隠せない生息地情報/10 普及啓発活動/11 生息環境復元への市民参加
おわりに/引用文献

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2026年7月4日

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