コラム

西垣 通『AI人類学』(講談社)、シャノン・ヴァロー『AIという名の鏡』(東京化学同人)

  • 2026/06/26

呆けていく人間か、自律する未来か

長い歴史をもつ生きものの一つである人間を考えている者としては、生成AIが人間を超える日が来るとまで言う風潮には危うさを感じる。次々とデータセンターを設立しての大量エネルギー消費も気になる。AI関連の本を集中して読む中で基礎情報学と哲学から「人間は機械ではない」という視点でAI(とくに生成AI)を捉えているこの二冊に共感した。

『AI人類学』の著者である情報学者は、生成AIの問題点を次の二つに整理する。一つは、記号と対象が結びつかず、意味がわからないまま対話がなされることだ。そこには、偽情報や誤情報が紛れ込む。次に、脳とコンピューターの間の基本的な相違を認めないことである。これは、人間をモノとみなす危険をはらんでいる。問題解決には、「生命機械論」という「この異様に歪(ゆが)んだ思想の淵源(えんげん)」を探る必要があるとの指摘は重要だ。

社会における物の動きは、本来、贈与・交換であり、そこには人格が関わっている。ところが現代は、「万物は合理化された商品となり、すべての経済活動の中心に『数』が据えられている」。そして数値化、データ収集、統計分析で答えを出す科学技術が経済を支えている。「思考する」とは「計算する」こととなるのだ。「情報通信技術は、我々が生きている環境を作り替えたり創造したり」しており、人間はそこで「自らを情報有機体として認識し始めている」という考え方まで出ている。ここでは人間が部品化し、AIはそれを促進する。

人間の思考の中で重要な位置を占めるアブダクション(仮説推論)は、「『体験』をふまえ、時間をかけて循環的に実行される」ものであり、AI社会ではそれは消えていく。「コミュニケーションの絶え間ない流れのうちで、呆けていく人間」という未来図が浮かび上がるのだ。

著者は、生物の自律性に注目し、意味作用を問うという原点から立ち上がる情報社会学を構想し、人間主体の未来を描き出す。

AI人類学 生成AI時代の超倫理 / 西垣 通
AI人類学 生成AI時代の超倫理
  • 著者:西垣 通
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2026-05-14
  • ISBN-10:4065438640
  • ISBN-13:978-4065438640
内容紹介:
チャットGPTに代表される生成AIが世界的な注目を集めたのは2022年末。それから数年を経て、今や対話型生成AIは爆発的な普及を見せ、後戻りのきかない状況にある。これは、われわれ人類にとって… もっと読む
チャットGPTに代表される生成AIが世界的な注目を集めたのは2022年末。それから数年を経て、今や対話型生成AIは爆発的な普及を見せ、後戻りのきかない状況にある。これは、われわれ人類にとって僥倖なのか、それとも……? 前著『AI原論』(講談社選書メチエ、2018年)から8年、第一人者はこの状況を根源的に問うために、もう一度、筆をとった。

チャットGPTやGeminiは、深層学習(ディープラーニング)に加え、大規模言語モデルという精妙な新技術に基づいている。その革新性ゆえに、生成AIが生産活動の効率を一挙に向上させ、巨大な経済成長をもたらすことは、おそらく間違いない。しかし、と著者は言う。「冷静に眺めれば、生成AIが内部で実行しているのは、単語の使用データを高速統計処理し、出現確率の高い単語を並べているだけだ。質問文の意味を本当に理解しているとは思えない。とんでもない内容の誤情報や偽情報も平気で出力する。そんなAIの回答をうやうやしく信奉し、人間のかわりに仕事の決定を任せて大丈夫なのか」と。

「AIは人知を超える」という予測は、ますます現実味を帯びているように思える。しかし、そもそも「人類の知性」とは何か? それはコンピュータによるデータ処理と等価でありうるものなのか?―─こういったテーマを考えるには「生命と機械の異質性/同質性」や「無意識領域ではたらく情動」という難問に取り組まなくてはならない。少なくとも「情報」という概念を基礎から捉え直す学問が必要になるだろう。その新たな学問を創出する企てに取り組み続けてきた著者は、本書で人類学的な知見をも取り入れて、これらの根源的な問いに正面から向き合う。

その先には、生成AIの進化と普及を踏まえた上での知的革命が予感されるだろう。AIを単純に肯定するのでも否定するのでもない「第三の道」を指し示す本書は、もはやAIと無縁で生きることのできないすべての人に向けられた重要なメッセージである。

[本書の内容]
第I部 生成AIをめぐる疑問
第1章 脳型コンピュータの到来
第2章 日本のデジタル敗因
第3章 挫折した国産第五世代コンピュータ
第II部 デジタルAIとはそもそも何か
第4章 一神教から生まれたデジタル文明
第5章 約束の地アメリカ
第6章 科学と情報を問い直す
第III部 生命と機械をつなぐ
第7章 ネオ・サイバネティクスとは何か
第8章 基礎情報学というステップ
第9章 生命的な超倫理をつくる
第10章 生成AI時代の情報学的転回

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一方、『AIという名の鏡』の著者である哲学者は、「AIは初めて、自らの問いにどう答えるかを人間に忘れさせてしまいかねない技術」だと言う。これまでの技術とは違うのだ。そこで、「自分たちを見失わないために、他者のための世界をつくる力と責任を忘れないために、どうすればいいのか」という問いを立てる。功利主義の立場で技術開発を進める人々は、最大多数の最大幸福と言って幸福量を数字にする。人間らしい感情や関係性に注目する徳倫理学が専門の著者は、これをよしとしない。AIという鏡に映らない「人間らしさ」を探り、「ケアと責任、奉仕のために人間が制御し使いこなす道具としてテクノロジーを捉え直す」ことを提案する。自律する存在としての人間が生み、使う技術を考えようというのだ。

生命機械論を脱し、自律する生きものとしての人間主体の未来を探るという共通の方向が示されているのがなんとも興味深い。

AIという名の鏡: 機械思考の世界で人間らしさを見失わないために / シャノン・ヴァロー
AIという名の鏡: 機械思考の世界で人間らしさを見失わないために
  • 著者:シャノン・ヴァロー
  • 翻訳:西田 洋平(監訳),石垣 賀子
  • 出版社:東京化学同人
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2026-04-23
  • ISBN-10:4807920847
  • ISBN-13:978-4807920846
内容紹介:
「AI=鏡」比喩を広めた徳倫理学者が問う、AIと人間のあるべき関係AIへの過度な依存に警鐘を鳴らし、人間がAIとどう向き合うべきかを問いかけるオックスフォード大学出版局(OUP)の BEST BO… もっと読む
「AI=鏡」比喩を広めた徳倫理学者が問う、AIと人間のあるべき関係
AIへの過度な依存に警鐘を鳴らし、人間がAIとどう向き合うべきかを問いかける
オックスフォード大学出版局(OUP)の BEST BOOK 2024にも選ばれた『The AI Mirror』待望の日本語版‼

「AIに勝つのではなく、私たち自身を負けさせないことが重要だ」
徳倫理学者のシャノン・ヴァローは、AIを「鏡」と捉え、人間に及ぼす「真の影響」を明らかにする。AIが映し出すのは、私たちの過去。そこには、人類が歴史に刻んだ差別、貧困、不平等、バイアス、環境危機といった問題までもが含まれている。AIへの盲目的な信頼が、データに内在するこれらの歪みの再生産・増幅につながりかねないことをさまざまな実例をあげて述べる。

日々の行動がアルゴリズムによって無意識に促される現代社会では、私たちはAIが示す効率や利益の最適化に魅了され、ともすればその心地良さに溺れやすい。人間が自らの思考や判断の主導権をテクノロジーに委ねすぎると、道徳的な判断力や人間としての価値観が弱まる危険性を著者は指摘する。

しかし、ヴァローは決してAIを敵視しているわけではなく、「SF作品のような終末は訪れない」と語る。AIが身近な存在となったいま、人間とAIの関係を修復し、私たちが人間らしさを見失わずに、AIと共存する豊かな未来への可能性を取戻すことが必要なのだと説く。

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毎日新聞 2026年6月20日

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