書評
『もう二度と食べたくないあまいもの』(祥伝社)
花火のように散る恋
心にさらりとはいってくる十の短編が収められている。読みながら昔の写真を眺める気分になった。集合写真の中に自分の姿をすぐ見つけ出せるように、本書の中に自分の面影を見てしまう。「手紙」は大学生の千穂の恋物語。恋人宅で、昔の彼女からの手紙を見つけた千穂。それから間もなく、彼から別れを告げられる。食事のあとホテルへ行き、帰りのタクシー代まで用意された別れの儀式。千穂はその儀式に静粛に臨む。手紙を見つけた時から、もう別れは始まっていたのだ。いつ終わるか、もう終わらせよう、とする恋はもはや形骸化している。だけど人は、その恋が終わるまで、生を吹き込むことをやめられない。
「朗読会」はかつてのように夫を愛せなくなった美紗が主人公。いつも朗読会を口実に愛人と会う。夫は愛人の存在を感じながら送り出していると知っている美紗。夫も愛人もいるのに、どちらとも愛し合っていない。愛人との約束を破り、朗読会へ参加した後、夫のいる家に帰る美紗。でも自分はどこへ帰ろうとしているのか、と惑う。
淡々とした筆致に浮かび上がるのは表向き穏やかで平和に見えながら、中に渦巻くのは絶望に似た感情。愛し愛されることなしに日常を生きていく過酷さが染みてくる。
しかし愛されたいと思う自分が、真に誰かを愛することが出来るのかはわからない。いつかは燃え尽きる花火のように、恋愛感情が火花を散らすのはほんの一時期だと主人公たちは知っている。
あんなに好きだった人を、これ以上ないくらいに嫌いになる。自分でも知らぬうちに変わってしまう心は、本当に自分の心なのだろうか。読書中、そんなどうしようもない自分を突きつけられた。
恋は手に入れた途端、ただの石になってしまう。それでも手放すには惜しい宝石なのだろう。
二度と食べたくないけど、あの恋が最後では寂しすぎる。大人にこそわかる「あまい」小説。決して味に飽きることのない、理想的なごちそうだ。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

共同通信社 2010年6月3日
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