書評
『ゴールデンスランバー』(新潮社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
物語の舞台は、首相公選制が存在する現実とは異なる日本の仙台。絶大な人気を擁する宮城出身の首相が、凱旋パレードのさなか暗殺されてしまいます。ちょうどその頃、青柳雅春は大学時代の友人・森田森吾に何年ぶりかで呼び出され、驚愕の忠告を受けるのです。「おまえ、オズワルドにされるぞ」。オズワルドとは言うまでもなく、ケネディ暗殺事件の容疑者として捕まり、殺された人物。森田の予言どおり、首相暗殺の濡れ衣を着せられた青柳の逃亡を描いて、これはスリリングかつハートウォーミングな筆致が見事な、キャラクタライゼーションよし・伏線を活かしたプロットよし・笑いと涙を誘う会話よし・読後感よし・読み出したらやめられないテンポよしの五冠王小説になっているのです。
巨大な陰謀に巻き込まれ、徒手空拳で仙台市内を逃げまくる青柳が幾度となく口ずさむのがタイトルにもなっているビートルズの曲です。八タイトルをメドレーに仕上げたアルバム『ABBEY ROAD』B面の六曲目。青柳は、離ればなれになったメンバーの心をひとつにしようと曲をつないでいるポールの姿を想像します。「故郷へ続く道を思い出しながら」昔に戻ろうよと、メドレー曲に願いを託すポールの孤独な姿を想うんです。そして、そんな青柳や、彼の無実を信じて陰になり日向になり助けになろうと尽力するかつての友人たちにとっての「故郷」とは、「ゴールデンスランバー(最高のまどろみの刻)」とは、大学時代なのです。この、いい意味で感情的で感傷的な伏線が作品全体に命を吹き込み、これを書き割りめいたお話ではなく、登場人物がまるで友人のように思える生きた物語にしている。わたしは、それがこの小説最大の魅力だと思っています。
これまで十三作書いてきた伊坂さんの初期集大成作品ですから、第百三十八回をスルーされたら四月に発表される本屋大賞を直木賞より先に獲ってしまうかも。その際の最大のライバルは森見登美彦『有頂天家族』(幻冬舎)に間違いありません。どっちも好き。どっちも頑張れ!
[後記=『ゴールデンスランバー』は『私の男」が受賞した第百三十八回にノミネートされなかったばかりか、伊坂さんの辞退によって第百三十九回にも候補になりませんでしたが、第五回本屋大賞は見事受賞いたしました。]
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
キャラクタライゼーション、プロット、会話、読後感、テンポ、すべてよし
二〇〇八年一月の自分に問う。第百三十八回直木賞受賞作は何? 桜庭一樹『私の男』? それとも……。問題は伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』。これまで五回も落とされてる伊坂さんを、漢にするために生まれたといっても過言ではないこの傑作を、桜庭さんの自社作品にぶつける勇気があるんでしょうか、文藝春秋に。というわけでオデの予想は、奥付が十一月三十日発行になっている伊坂作品は第百三十九回の候補に回されるんじゃないかなー、と。物語の舞台は、首相公選制が存在する現実とは異なる日本の仙台。絶大な人気を擁する宮城出身の首相が、凱旋パレードのさなか暗殺されてしまいます。ちょうどその頃、青柳雅春は大学時代の友人・森田森吾に何年ぶりかで呼び出され、驚愕の忠告を受けるのです。「おまえ、オズワルドにされるぞ」。オズワルドとは言うまでもなく、ケネディ暗殺事件の容疑者として捕まり、殺された人物。森田の予言どおり、首相暗殺の濡れ衣を着せられた青柳の逃亡を描いて、これはスリリングかつハートウォーミングな筆致が見事な、キャラクタライゼーションよし・伏線を活かしたプロットよし・笑いと涙を誘う会話よし・読後感よし・読み出したらやめられないテンポよしの五冠王小説になっているのです。
巨大な陰謀に巻き込まれ、徒手空拳で仙台市内を逃げまくる青柳が幾度となく口ずさむのがタイトルにもなっているビートルズの曲です。八タイトルをメドレーに仕上げたアルバム『ABBEY ROAD』B面の六曲目。青柳は、離ればなれになったメンバーの心をひとつにしようと曲をつないでいるポールの姿を想像します。「故郷へ続く道を思い出しながら」昔に戻ろうよと、メドレー曲に願いを託すポールの孤独な姿を想うんです。そして、そんな青柳や、彼の無実を信じて陰になり日向になり助けになろうと尽力するかつての友人たちにとっての「故郷」とは、「ゴールデンスランバー(最高のまどろみの刻)」とは、大学時代なのです。この、いい意味で感情的で感傷的な伏線が作品全体に命を吹き込み、これを書き割りめいたお話ではなく、登場人物がまるで友人のように思える生きた物語にしている。わたしは、それがこの小説最大の魅力だと思っています。
これまで十三作書いてきた伊坂さんの初期集大成作品ですから、第百三十八回をスルーされたら四月に発表される本屋大賞を直木賞より先に獲ってしまうかも。その際の最大のライバルは森見登美彦『有頂天家族』(幻冬舎)に間違いありません。どっちも好き。どっちも頑張れ!
[後記=『ゴールデンスランバー』は『私の男」が受賞した第百三十八回にノミネートされなかったばかりか、伊坂さんの辞退によって第百三十九回にも候補になりませんでしたが、第五回本屋大賞は見事受賞いたしました。]
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