書評
『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』(太田出版)
言葉の旅は、一枚の葉書から始まった。
「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争うとき、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互い大変に傷つきます。(中略)東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください」
著者は「探偵! ナイトスクープ」というテレビ番組のプロデューサー。視聴者から寄せられたさまざまな疑問を、楽しく解明してゆく番組だ。「アホ・バカ調査」は大きな反響を呼んだ。「私の住んでいるところでは、こう言います」――「ハンカクサイ」「ゴジャッペ」「ダラ」「アヤ」「タワケ」「アンゴウ」「フリムン」etc。
数回の放送の後、より完璧な「全国アホ・バカ分布図」を完成させるべく、全国の教育委員会にアンケートが発送された。分布図を作る過程で、著者は柳田國男の「方言周圏論」に出会う。それは、アホ・バカを意味する言葉の分布を考えるうえで、決定的な鍵となった。と同時に、この番組の調査は、柳田自身さえ晩年には弱気の発言をしていた「方言周圏論」を、強力に立証することとなる。
著者の旺盛な好奇心は、現在の分布だけでなく、語源や意味の変遷や伝播の歴史にも及ぶ。「コケ」は「虚仮」、「ホンズナス」は「本地なし」、「タクランケ」は「田蔵田」……。
いずれも、婉曲的で穏やかな比喩表現だ。ここに日本人の心やさしさを、著者は見出す。
私も同じ日本人として、嬉しく誇らしい気持ちになった。
印象深いのは、沖縄の「フリムン」だ。どの辞書にも「ふれもの(気が触れた者)の訛」とある。「ひどい、差別語だ」と愕然とする著者。が、音韻の変化などの専門的な勉強を重ね、ついにこれは「惚れ者」という愛すべき語源を持つ言葉であることにたどりつく。その執念は、読む人の胸に熱く迫ってくることだろう。
言語学に関して、ズブの素人だからいいのだ。著者につられて、読者はゆっくりと階段を昇るように、かなりつっこんだ言葉の勉強ができる。学問っておもしろいな、と思った。
わくわくした。これが学問の本来の姿なのだ、きっと。
また、本書は、テレビ番組がいかに作られてゆくかというドキュメンタリーでもある、という点がユニークだ。多くの学者の先生やスタッフ、視聴者との出会いのドラマは、爽やかで、ときにほろっとさせられる。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争うとき、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互い大変に傷つきます。(中略)東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください」
著者は「探偵! ナイトスクープ」というテレビ番組のプロデューサー。視聴者から寄せられたさまざまな疑問を、楽しく解明してゆく番組だ。「アホ・バカ調査」は大きな反響を呼んだ。「私の住んでいるところでは、こう言います」――「ハンカクサイ」「ゴジャッペ」「ダラ」「アヤ」「タワケ」「アンゴウ」「フリムン」etc。
数回の放送の後、より完璧な「全国アホ・バカ分布図」を完成させるべく、全国の教育委員会にアンケートが発送された。分布図を作る過程で、著者は柳田國男の「方言周圏論」に出会う。それは、アホ・バカを意味する言葉の分布を考えるうえで、決定的な鍵となった。と同時に、この番組の調査は、柳田自身さえ晩年には弱気の発言をしていた「方言周圏論」を、強力に立証することとなる。
著者の旺盛な好奇心は、現在の分布だけでなく、語源や意味の変遷や伝播の歴史にも及ぶ。「コケ」は「虚仮」、「ホンズナス」は「本地なし」、「タクランケ」は「田蔵田」……。
いずれも、婉曲的で穏やかな比喩表現だ。ここに日本人の心やさしさを、著者は見出す。
私も同じ日本人として、嬉しく誇らしい気持ちになった。
印象深いのは、沖縄の「フリムン」だ。どの辞書にも「ふれもの(気が触れた者)の訛」とある。「ひどい、差別語だ」と愕然とする著者。が、音韻の変化などの専門的な勉強を重ね、ついにこれは「惚れ者」という愛すべき語源を持つ言葉であることにたどりつく。その執念は、読む人の胸に熱く迫ってくることだろう。
言語学に関して、ズブの素人だからいいのだ。著者につられて、読者はゆっくりと階段を昇るように、かなりつっこんだ言葉の勉強ができる。学問っておもしろいな、と思った。
わくわくした。これが学問の本来の姿なのだ、きっと。
また、本書は、テレビ番組がいかに作られてゆくかというドキュメンタリーでもある、という点がユニークだ。多くの学者の先生やスタッフ、視聴者との出会いのドラマは、爽やかで、ときにほろっとさせられる。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
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