選評
『タタド』(新潮社)
川端康成文学賞(第33回)
受賞作=小池昌代「タタド」/他の候補作=桐野夏生「タマス君」、久世光彦「御羽車」、小川洋子「ひよこトラック」、島本理生「Birthday」、加藤幸子「バッツィー」/他の選考委員=秋山駿、小川国夫、津島佑子、村田喜代子/主催=川端康成記念会/発表=「新潮」二〇〇七年六月号人生の波頭の一瞬を写す四重唱曲
不穏な天候が続く春のある日曜日の午後、東京から車で四時間半の海の家に、四人の成人男女がいた。まず、海の家の持主のイワモト。テレビ業界の末端にしがみついてなんとかしのいできたプロデューサーで、近ごろは自分のことを〈中身の空っぽな古鞄〉だと思わないでもない。妻のスズコは専門誌の元校正者、二十年もイワモトと連れ添っているのに、自分は夫のことをよく分かっていないのではないかと微かな疑問を抱いている。第一の客はスズコの元同僚のオカダ、大腸ガンを病んでいるらしい。第二の客はイワモトの制作するインタビュー番組のホステス役の女優タマヨである。やっと子育てを終えようやくローンの支払いなども済ませて、人生の重荷から解放されたように見える四人の男女が、海辺で海藻のカジメを拾ってサラダにして食べたり、庭の夏ミカンを噛ったり夏ミカンの風呂に入ってみたり、春の突風に面食らったりして、表面的には他愛のない、平凡な一夜を過ごす。
しかしその下では、さまざまな想念が春の嵐のように吹き荒れていて、それぞれがこの矛盾を良識のようなもので必死で取りまとめている。いまにも壊れてしまいそうな自分を抱えながら、とりとめのない会話を交わし合うアブナイ平衡状態が几帳面に注意深く描かれていて、まるで上出来な室内劇を観ているようだ。もちろん室内劇といっても決してサロン風のものではなく、そこに紛れもなく「現代」が織り込まれているので、手触りはつややかだが、仕上がりは鋭くて苦い。文章は平明かつ分析的でしかも柔軟、四人の心の深層をよく掴み出すことに成功しており、最後の破局は、人生がつねに「突然の出来事」を内包しているという真実を示していてあざやかだ。
人生の波頭の一瞬を、詩人の繊細な言葉がきれいに摘み上げている。
【この選評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする









































