書評
『袋小路の男』(講談社)
「発掘!あるある大辞典」という人気テレビ番組じゃないけれど(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)、小説を読んでいて「いるいる」と呟いた経験は誰にでもあるのではないだろうか。ところで、その「いるいる」というのはテレビ番組の「あるある」とは違い、ビミョーに侮蔑を含んだ共感を伴っているわけで。つまり「こういうヤツって、いるよねえ」、そして苦笑い、そんな感じ。
〈指一本触れないまま、/「あなた」を想い続けた12年間。/《現代の純愛小説》と絶讃された表題作〉。三つの作品が収められた最新短篇集『袋小路の男』の帯に、そうある。表題作は優れた短篇小説に与えられる川端康成文学賞を受賞していて、〈現代の純愛小説〉と絶讃したのは、その選考委員の先生方なんだろうけど、そうなのかなあ、これってそんな風にきれいにまとめていい小説なのかなあ。
表題作の語り手は〈私〉。高校一年生の時に〈あなた〉を発見し、夢中になり、〈恋人未満家族以上〉の関係のまま、時々浮気はするものの、気持ちの中の一番重くて大事な何かを〈あなた〉に傾け続けて一二年、という設定になっている。一方、〈あなた〉がどれほどの男かといえば、これがもう典型的な“だめんず”(©倉田真由美)なのだ。ハンサムで、〈成績が良くて、彼女がいるのにソープランドばっかり行ってる〉高校二年生。ところが、その後大学を二浪し、卒業後は定職につかずアルバイトをしながら小説家を夢み、しかし、なかなか新人賞を獲ることはできず、ようやく佳作入選しても、文芸誌に作品が掲載されることはない。高校時代、一目置かれるモテモテ男だったプライドを食い潰しながら現在に至る、どこからどう見ても立派なダメ男なのだ。
〈私〉は売れない小説を書き続ける〈あなた〉を素敵だと思い、そして〈あなた〉にとってはそんな風に絶対的な憧れを寄せてくれるのは今となっては〈私〉だけだから、その心地よさを手放すつもりはなく、ずるい関係を保ち続ける。……いるいるっ、こんな女やこんな男。あるあるっ、こんな不毛な関係性。読んでいて何ヵ所も笑い、〈私〉の都合のいい女ぶりと〈あなた〉のエゴイストぶりに意地悪な感想を抱きつつ、しかし、どうしたことか小説世界に引きずり込まれ、物語のあまりの短さに憤然としてしまう。この小説にもっとつきあっていたいと思っている自分に気づき、苦笑してしまうのだ。
どこにも行けず、じたばたしているうちに袋小路に突き当たって途方に暮れている人間の、焦りや諦念やずるさや可愛げやトホホ感や幸不幸が、たった五〇ページにも満たない物語の中で、どちらかといえば寡黙な文章によって十全に描かれている。しかも、いるいる人間のあるある人生を描きながら、少しもありきたりな物語になっていないことに驚かされる。デビュー以来、絲山秋子はどんどん小説が巧くなっている。その速度にちょっと懸念を覚えるほどに。
【この書評が収録されている書籍】
〈指一本触れないまま、/「あなた」を想い続けた12年間。/《現代の純愛小説》と絶讃された表題作〉。三つの作品が収められた最新短篇集『袋小路の男』の帯に、そうある。表題作は優れた短篇小説に与えられる川端康成文学賞を受賞していて、〈現代の純愛小説〉と絶讃したのは、その選考委員の先生方なんだろうけど、そうなのかなあ、これってそんな風にきれいにまとめていい小説なのかなあ。
表題作の語り手は〈私〉。高校一年生の時に〈あなた〉を発見し、夢中になり、〈恋人未満家族以上〉の関係のまま、時々浮気はするものの、気持ちの中の一番重くて大事な何かを〈あなた〉に傾け続けて一二年、という設定になっている。一方、〈あなた〉がどれほどの男かといえば、これがもう典型的な“だめんず”(©倉田真由美)なのだ。ハンサムで、〈成績が良くて、彼女がいるのにソープランドばっかり行ってる〉高校二年生。ところが、その後大学を二浪し、卒業後は定職につかずアルバイトをしながら小説家を夢み、しかし、なかなか新人賞を獲ることはできず、ようやく佳作入選しても、文芸誌に作品が掲載されることはない。高校時代、一目置かれるモテモテ男だったプライドを食い潰しながら現在に至る、どこからどう見ても立派なダメ男なのだ。
〈私〉は売れない小説を書き続ける〈あなた〉を素敵だと思い、そして〈あなた〉にとってはそんな風に絶対的な憧れを寄せてくれるのは今となっては〈私〉だけだから、その心地よさを手放すつもりはなく、ずるい関係を保ち続ける。……いるいるっ、こんな女やこんな男。あるあるっ、こんな不毛な関係性。読んでいて何ヵ所も笑い、〈私〉の都合のいい女ぶりと〈あなた〉のエゴイストぶりに意地悪な感想を抱きつつ、しかし、どうしたことか小説世界に引きずり込まれ、物語のあまりの短さに憤然としてしまう。この小説にもっとつきあっていたいと思っている自分に気づき、苦笑してしまうのだ。
どこにも行けず、じたばたしているうちに袋小路に突き当たって途方に暮れている人間の、焦りや諦念やずるさや可愛げやトホホ感や幸不幸が、たった五〇ページにも満たない物語の中で、どちらかといえば寡黙な文章によって十全に描かれている。しかも、いるいる人間のあるある人生を描きながら、少しもありきたりな物語になっていないことに驚かされる。デビュー以来、絲山秋子はどんどん小説が巧くなっている。その速度にちょっと懸念を覚えるほどに。
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