書評
『ピストルズ』(講談社)
「小説」を自在に操る
東北地方の小集落〈神町(じんまち)〉を舞台に書き続けられてきた、この作家のライフワーク的連作の最新長編。伊藤整文学賞ほかを受賞した大作「シンセミア」から5年がたった後日談にあたる。神町で匂(にお)いを用いた代替医療の診療所を営む菖蒲(あやめ)家は、広大な敷地の庭に奇妙な客人を招き入れ、音曲の宴を催したりすることから、町の人々から「魔術師の一家」と呼ばれている。事実、菖蒲家には人の記憶を消してしまう秘術「アヤメメソッド」が伝えられており、まだ中学生である四女みずきは、その後継者なのだ。
彼女はその秘術を使ってある「事件」の記憶を完全に封鎖することを試みる。それに対して「ヤングアダルト小説」の作家である四姉妹の次女あおばは、記憶の完全な喪失を避けるため、菖蒲家の秘密に関心を抱く書店主・石川の求めに応じ、一族と町の戦後史を語りはじめる。その彼女の語りが、原稿用紙1200枚に及ぶこの大長編の大半を占める。
「一子相伝の秘術」という荒唐無稽(むけい)な設定に、「細雪」や「若草物語」など、文学史上のさまざまな4姉妹もののモチーフが織り込まれている。そうかと思えば、書店主にいささかこっけいな「探偵」役として物語の進行役を演じさせ、半村良(はんむら・りょう)の伝奇小説「産霊山(むすびのやま)秘録」にあからさまなオマージュをささげるなど、この作品の端々で阿部和重は、意識的に純文学とジャンル小説のスタイルを混交させている。
のろわれた運命にあらがうかのように少女が死力をつくして戦う姿は、「小説」という表現形式を自在に操ることで、「文学」「物語」「歴史」といった魔物を組み伏せようとする、作家自身の孤独な苦闘をも思わせずにはいない。〈雌しべ〉を意味する表題をはじめ、反復される植物の隠喩(いんゆ)は、その戦いが一筋縄ではなく、今後も続くことを暗示している。
初出メディア

共同通信社 2010年4月9日
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