書評
『ホールデンの肖像―ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)
「表紙」から導く作家の深層
サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」の、あの有名な主人公ホールデンの人物造形を通じて作家や作品の謎に迫ったとかそんな内容を想像させるタイトルだが、全然違う。ペーパーバック版の表紙に描かれた彼の、文字通り肖像画をネタにしたエッセーなのだ。極度にマスコミや人を嫌った偏屈者サリンジャーは、同作の映画化をついに許さなかったが、彼にも妥協の時代はあって、ホールデンや作中の場面はカバーに何度か描かれた。そこに刻印されているのは、裏表紙に至るまで自作に過度に固執する作家、こちらもアーティストのプライドがある装丁画家、扇情的な絵を添えて売りたい出版社が三つどもえとなった駆け引きの記録なのだ。本の表紙という表層に着目することで、作家の思いがけない本音や引きこもってしまった理由といった深層までもが垣間見える。その逆説が興味深い。
本書は、ペーパーバック研究「紙表紙の誘惑」をすでに発表している著者の、その後の派生研究報告といった風情のエッセー集で、いくつかのテーマを含んでいる。ホールデンの他に大きいのは、ハーレクイン・ロマンスと米国のブッククラブだが、いずれもペーパーバック同様、文学研究の本道からは洟(はな)も引っ掛けられないまま打ち捨てられてきたテーマだ。
だがそれを「面白い」と感じてしまったのだと著者はいう。この「面白い」にはしかし、際物趣味じみたてらいは薄い。エッセーとして軽妙に読ませながら調査は堅実そのものだし(注や参考文献にもぬかりはない)、王道の文学研究からは出てこないだろう事実や知見――「ライ麦畑」でサリンジャー自身が一番重要だと考えていた場面はどこだったかとか――が次々に導かれてくるのである。
つまり、面白いだけでなく、ためになる!
著者は異端とへりくだるが、読み終わるころにはきっと、副題にある「読書文化」研究としてこれこそ本道としか思えなくなっているに違いない。
初出メディア

共同通信社 2014年11月
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