選評
『磁力と重力の発見〈1〉古代・中世』(みすず書房)
大佛次郎賞(第30回)
受賞作=山本義隆「磁力と重力の発見」/他の選考委員=池内紀、奥本大三郎、富岡多惠子、養老孟司/主催=朝日新聞社/発表=同紙二〇〇三年十二月十八日平明な記述で愉快に読めた
近代の自然科学が、中でも近代物理学が、どうしてどのように近代ヨーロッパで生まれることになったのか。これを高い所から鹿爪(しかつめ)らしく説かれていたら、私のようなxとyが現れた途端、頭と胃袋とが痛み出す数式恐怖症患者は、この三巻本を投げ出して一目散に遠くへ逃げ出していただろう。だが私は逃げ出さなかった。理由は、とりあえず三つある。
第一、数式を出来るだけ抑えて、その数式を言葉にしてくれたこと。その努力がみのって、ここに平明で正確な日本語文が実現した。
第二、一般論を振りかざすことなく、窓口を「地球そのものが巨大な磁石である」という一点に絞ってくれたこと。著者の位置が常に「磁石」の上にあるので、全体に太い軸が一本、ぴんと通っていて、とても分かり易い。
第三、いたるところに面白い挿話やびっくりするような史実が盛り込まれていること。その一例。〈一五五〇年から一六〇〇年までの間に、翻訳や手稿をのぞいて、三〇点余にものぼる英語で書かれた数学・航海術・地理学の書が出されている。〉(第二巻ルネサンス四四〇頁)
この時代はシェイクスピア(一五六四―一六一六)とぴったり重なるから、たぶんこの大劇作家はこうした書物を読んで想像力の翼をひろげたにちがいない……と、そういうところまで考えさせられる愉快な本である。
【この選評が収録されている書籍】
朝日新聞 2003年12月18日
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