書評
『日本国憲法を生んだ密室の九日間』(KADOKAWA/角川学芸出版)
一枚岩ではなかった起草者
本書は同名のタイトルで二年前に放映(テレビ朝日系)されたテレビ・ドキュメンタリーの取材を下に書かれた(ALLREVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995年)。テレビと活字では別の文法が求められるから、これもまたひとつの力仕事である。著者は年齢六十代半ばというのに、そして民放では実現しにくい企画と思われるのに、渾身(こんしん)の力をふりしぼり現憲法成立に携わった元GHQ関係者を取材してまわった。戦後憲法の草案は、一九四六年二月四日から二月十二日までのわずか九日間、日本人には極秘で、まるで突貫工事のごとき様相でつくられた。天皇を戦犯にせよ、と主張する国々の代表を含めた極東委員会が二月末に発足する政治情勢を睨(にら)みながらの歴史的産物でもあった。スタッフは民政局次長のケーディス大佐を含め二十五人、うち七人が健在である。
回した録画テープは五十時間以上、生証言として第一級の資料だ。学者の研究で足りないのは、人間の声や足音である。本書では二十五人のスタッフひとりひとりの経歴、特徴、性格、役割がていねいに調べられ、わかりやすく叙述されている。
なかでもベアテ・シロタ女史は当時まだ二十二歳、戦前の日本で暮らした体験があり、その際に見聞したことが婦人の地位向上などに生かされたという。さらに密室の九日間の出来事は機密保持のため、つい最近まで誰にも話さなかったとも述べている。
二十五人は必ずしも一枚岩ではなかった。憲法の前文を名文でしたためたハッシー中佐は、ちょっとおたくタイプの理想主義者であり、また最もハト派とみられているケーディス大佐は、「国家にとっての自衛権は、個人にとっての人権と同じ。自分の国が攻撃されているのに防衛できないというのはおかしい」と考える現実主義者だった。
日本人はつい戦後憲法を神棚に奉りあげ拝んでしまうが、こうしたさまざまな個性のぶつかり合う人間臭いドラマが隠されている。本書を下敷きに台本をつくって模擬演習をしたら、大学のゼミもおもしろくなるだろう。
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