書評
『診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち』(早川書房)
ウソを繰り返す精神病質者
これほど考え込まされる問題提起にめぐりあうのは、めったにないことである。だからこそ、ここで展開されている主張は誤解を招きやすいかもしれない。サイコパスに適当な訳語をはめこむのはむずかしいが、とりあえず精神病質者とする。あくまでも精神病患者とは異なる。世間には凶悪な犯罪者がつぎつぎと登場する。オウム真理教の教祖も、一枚皮をめくってみれば宗教法人とは名ばかりで、凶暴な詐欺集団の指導者にすぎない。なぜかわれわれは彼らにいとも簡単に騙されてしまう。サイコパスのいちばんの特徴は平気でウソをつくところだ。ウソはばれるけれど、サイコパスなら平気でウソの上塗りができる。ふつう良心が痛むので内省する力がはたらくが、サイコパスには良心がないのでウソの繰り返しが可能なのである。
「良心とか他人に対する思いやりにまったく欠けている彼らは、罪悪感も後悔の念もなく社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手にほしいものを取り、好きなようにふるまう」のである。著者の主張にしたがえば、僕は誰でも生涯に何人かの小型サイコパスに遭遇していると思う。まったく信義のないやつ、ウソばかりつくやつ、親切にしても平気で裏切るやつ。結局、彼らの被害にあわないとしたら、早く気づき敬して遠ざけるしか方法がないのである。
著者の述べる犯罪者としてのサイコパスの定義はソシオパス(社会病質者)との対立概念として語られている。それが本書の新しい視点である。犯罪者は社会の病理が生み出すと考えられてきた。生活歴、つまり育てられた環境が問題にされるのはそのためである。生い立ちが不幸だった、貧しかった、泥棒するより生きる途がなかったなどなどが情状酌量の余地ありと考えられ、だからこそ更生のプログラムが組まれるのである。しかし、サイコパスは環境のせいでもなく遺伝でもなく、ただサイコパスとしてのみこの世に現れ、通常の生活者を惑わす。怖い話を聞いてしまったというのが読後感である。
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