書評
『ゼルダ 最後のロマンティシスト』(中央公論新社)
振幅大きな人生、心のひだを追い求め
ゼルダ(・セイヤー)と言って、どれほどの人が知っているのだろうか。現在のアメリカで、あるいはフランスではどうなのか。20世紀の前半、アラバマ州の最高裁判事の娘ゼルダは、美女で、才媛で、典雅に生きるはずだったのに、その性は反抗的。文才にもたのむところがあったのだろう。すてきな陸軍少尉と出会い、人目を引くカップルとなり、やがて結婚……。
この少尉が“失われた世代”を代表する作家フィッツジェラルドであったから容易じゃない。若くして才能を注目された作家は、ゼルダとともに放恣な生活を続け、それが作品に反映され、ゴシップの種とされた。
本書は、そのゼルダの半生を綴った作品。一見ゼルダ自身が節目節目の生活と心情を告白しているように読めるが、筆者はフランス人作家のジル・ルロワ。伝記ではなく、脚色された部分もあって、フィクションなのである。この筆致は、様式は、
――こういう小説もあるんだ――
技法としておもしろい。
フィッツジェラルドとゼルダがよいカップルであったのは、出会いのころの短い期間だけ。あとは競いあい、疵(きず)つけあい、おたがいに愛人を作ったりして尋常ではない。ゼルダは彼女自身が夫に負けない才能を持っていると自負していたし、夫が成功したのは“私あってのこと”と信じていた。それゆえに“私は大切な妻なのだ”と。
正直なところ、そばにいたならば、妻であったならば、
――厄介な女だなあ――
後半生はほとんど精神病院に入ったり出たりの連続であった。
古風な上流階級の娘が放埒な作家を求めて、みずからも破滅的な人生へ。才能が豊かであったぶんだけ振幅が大きい。その心のひだを追い求める文学、と評すればよいのだろうか。文学の魔性を垣間見させてくれる。2007年のゴンクール賞受賞作品であり、
――このごろのフランス文学、いかがだろう――
読み応えはある。
朝日新聞 2009年01月04日
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