書評
『帰省』(文藝春秋)
人柄もこぼれる小品の確かな光
タイトルにそえて“未刊行エッセイ集”とあるのを見て――大丈夫かな――
と不安を抱いた。
小説家には長い駆け出しの時期がある。その間にもいろいろな事情があって原稿を書いて発表している。未刊行のエッセイには、その頃の走り書きが多く、あとで公にされると、作家当人には、
――つらいなあ――
というケースがなくもない。すでに物故し、全集も編まれている藤沢周平についても、同業者として思いを致すところがあったのである。
しかし実際に読んでみると杞憂であった。一つには藤沢周平がつねに一定レベルの執筆に努めていたこと、そしてもう一つ、編集者の配慮も十分にほどこされているから。藤沢ファンとしては快い。
ほとんどが短い。全集刊行のときに見逃されたものだから、新聞・雑誌のコラムや目立たないスペースに綴られたものばかりだ。チラリ、チラリと作家の人柄がこぼれるところがあって、おもしろい。
「四月の裏通り」は散歩のくさぐさを語って、小さな発見に満ちている。愛煙家だったから「ひとりで煙草を」と題して、火を貸す喜びやたばこが上杉鷹山のささやかな楽しみであったことなど小説家の目が光っている。清川八郎や鶴ケ岡城のことなど、長く書かれたものには蘊蓄が溢れているが、私には短いもののほうが素顔が見えて、むしろ楽しかった。
それにしても、それぞれのエッセイの末尾に書かれた初出の事情を見ると、
――編集者はいろいろ考えるものだな――
と感心してしまう。
コラムの通しタイトルらしいものを拾うと「わが家の事件簿」「私の顔」「私の愛唱歌」「睡眠10分前」「記録への挑戦」「好きな道」「妻への詫び状」……作家はいろいろなことを書かされている。新聞・雑誌は、こういう小さな入り口から読者を呼び込んで本体を読ませる趣向らしいから、短くてもピカリと光らなければいけない。藤沢周平は苦笑しながらも確かな光を放つ小品を綴っていたにちがいない。
朝日新聞 2008年09月21日
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