書評
『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』(KADOKAWA/角川書店)
悪趣味に潜むふるまいの原型
「なんちゅうても、まっ先に来てくれたのは金髪のにいちゃんらやった」。神戸の震災のときに地の人から聴いた言葉である。地べた座りや車の爆音に閉口していたはずなのに、このとき感じた妙な安堵感。それが何かが、17年後この本を読んで腑に落ちた。天皇陛下即位の周年祭典やNHK紅白歌合戦などの国民的行事に、なぜヤンキー系の歌手が活躍するのか。お笑いからポップスまでテレビ界を席巻するのがヤンキー的な美意識であるのはなぜか。ひきこもりから現代美術やおたく文化まで、つねにたましいの〈曲折〉と〈逸脱〉の光景に寄り添ってきた精神科医が、ここでは、かくも国民に浸透しているヤンキー的なものへの欲望を診断する。
リーゼントをはじめとするぎんぎらぎんの身なり、ファンシーグッズや光り物溢れる改造ワゴン車……。目立ち、気合を入れ、突っ張り、なめられないことをめざしているうち、とんでもないキテレツへと変容してしまうそのバッドテイスト(悪趣味)と、ヤンキー独特の現実・地元・つながり志向とを仔細に追ってゆくうち、著者はこの国の「一般人」のふるまいの原型ともいえるものに突き当たる。
その眼に映るのは、脈絡を無視して人の「生きざま」(キャラ)にかぶれる心根であり、しるし(コピーやパロディ)がいつのまにか本質にすり替わり、シャレとマジの区別もつかなくなる空虚な様式性であり、母娘の関係性にも似たアメリカなるものの屈折した投影である。
その「空虚」をさえ暴かねばどんな形式にもなじむことができるという特性のなかで、若者の反社会性は、芽生えればすぐヤンキー文化に回収され、家族や仲間とのつながりを愛でる保守へと「成熟」してゆく。われわれは無自覚なままに「かくも巧妙な治安システム」を手にしていたのだ、というのが最後に記される苦い認識である。
朝日新聞 2012年8月19日
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