書評
『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』(東洋経済新報社)
感情で相手をコントロール
会話術、コミュニケーションスキルの本が売れている。かつては、鉄板のスピーチネタのようなものが求められたが、いまどきはコミュニケーションそのものが論じられている。本書は、フリーアナウンサーとして活躍する魚住りえによる会話やスピーチの指南術。
「腹式呼吸」や口のまわりの筋肉をほぐすといった「トレーニング」によって「新しい声」を手に入れようといったアドバイスや「抑揚」をつけるスピーチ術など、相手に伝わる話し方の実践的な手法が書かれている。内容はきまじめ。著者の人柄なのだろう。
同じベストセラーでも阿川佐和子『聞く力』には、サプライズがあった。阿川は質問を事前に考えない。代わりに話をよく聞くことで質問が浮かんでくるという。なるほど。一方、アナウンサーの吉田尚記が書いた『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』は、先入観を持てと教える。誤解を晴らすために相手は饒舌(じょうぜつ)になる。それでコミュニケーションは活発化する。これもサプライズだ。
比べると本書は、訓練と反復が中心で実直過ぎる内容……、いや、サプライズはあった。それは「相づちをあえて声にしない」「相づちは打たず、黙って笑顔でうなずく」という技術。リズムが一定の相づちは、人に不快感を与える場合があるという。おや、身に覚えがある。
こちらの伝え方、しぐさの印象で相手からの返答は変わる。そこがコミュニケーションの本質だ。著者は「感情はシンクロする」と説く。タクシーの運転手に、低くゆっくり話しかけたら、「シリアスな悩み相談」をされたという著者のエピソードは、それを示している。
会話は内容ではない。感情の出し方で相手をコントロールする技である。よく読むと、少し怖い本である。
朝日新聞 2015年11月29日
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