書評

『口訳 太平記 ラブ&ピース』(講談社)

  • 2025/11/21
口訳 太平記 ラブ&ピース / 町田 康
口訳 太平記 ラブ&ピース
  • 著者:町田 康
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(488ページ)
  • 発売日:2025-09-26
  • ISBN-10:4065407923
  • ISBN-13:978-4065407929
内容紹介:
圧倒的な面白さ!!南北朝の動乱を描いた日本最大の軍記物語『太平記』が、町田康の「口訳」で生まれ変わる!大反響ロングセラー『口訳 古事記』に続く〈町田日本史〉、新たなマスターピース… もっと読む
圧倒的な面白さ!!南北朝の動乱を描いた日本最大の軍記物語『太平記』が、町田康の「口訳」で生まれ変わる!
大反響ロングセラー『口訳 古事記』に続く〈町田日本史〉、新たなマスターピース。

「どえらいことになりました。主上御謀叛です」「マジか」 「マジです」――
利権を求めて誰もが争い、混沌を極める世の中。なんでこんな事になってしまったのか? 鎌倉時代末期、権勢をふるう執権・北条高時に対抗し、武家政権の転覆をめざす後醍醐天皇の謀略はあえなく失敗。窮地に陥った帝の前に、天才戦略家・楠木正成が現れる――。智謀と裏切り、欲得と愚行と涙にみちた人の世の実相を、破天荒なスケールと唯一無二の文体で描く、壮大な〈歴史人間絵巻〉!

戦争と平和めぐるアイロニー

口訳(こうやく)、すなわち口語に訳した『太平記』である。『太平記』は鎌倉時代の終わりから南北朝の時代を描く軍記物で、室町時代に成立した。さまざまな校註(こうちゅう)本や現代語訳、題材にした小説、マンガが出ている。全40巻からなる大長編だが、本書はその第1巻から第3巻まで、物語でいうと後醍醐(ごだいご)天皇の即位から楠木正成(くすのきまさしげ)が立てこもる赤坂城の落城までを描く。町田康はオリジナルの『太平記』を現代語に置き換えるのではなく、彼の言葉で『太平記』を作り直した。

具体例を紹介しよう。後醍醐天皇による倒幕工作が露見して、後醍醐方の土岐と多治見が六波羅(鎌倉幕府側)に急襲されるシーン。町田康は次のように書く。

驚いたのは食らい酔って気持ちよく眠っていた多治見次郎で、
「なんや、なんや、どないしたんや。誰ぞ、酔うて喧嘩(けんか)しとんのんかいな。うわっ、ちゃうがな、カチコミやがな。どないしょ、どないしょ」
と慌てに慌て、下帯ひとつで爪を嚙(か)んで部屋をウロウロするばかりで的確な判断ができないでいた。

笑える。映画『仁義なき戦い』の金子信雄を思い出す。源平合戦も南北朝動乱も、ヤクザの勢力争いとよく似ている。

ちなみに兵藤裕己校注の岩波文庫『太平記』では、<多治見は、終夜(よもすがら)の酒に飲み酔(え)ひて、前後も知らず臥したりけるが、時の声に驚いて、「これは何事ぞ」と周章(あわ)て騒ぐ>と書かれている。

なお、吉川英治の『私本太平記』の多治見は、ひるまず勇猛果敢に戦い、矢が尽きて腹を切る。ぼくには金子信雄のような多治見のほうがしっくりくる。

あるいは本書における坂本の合戦の場面。佐々木三郎判官が武士たちを鼓舞し、比叡山の僧侶たちを殺せと命じる。

「突撃してあの法師を殺せ」
「畏(かしこ)まりました。皆さん、聞きましたか。突撃しましょう。そしてあの法師を殺しましょう。家族のために! 未来の平和のために!」
「おおおおおおおっ」
「ドンドンチャッチャッ、ドンドンチャッチャッ、ドンドンチャッチャッ、ドンドンチャッチャッ」
「おーるうぃあーせいいんっ、いずぎぶぴいすあすちゃん」
そんな痴わ言、鬨(とき)の声を上げて、目賀田、楢崎、木村、馬淵、いずれも地元の武士を先頭に、三百余騎、勇みだって攻めかかる。

こんなところにジョン・レノンとオノ・ヨーコが出てくるとは!

ふざけているのか? いや、そうではない。ここには戦争と平和をめぐるアイロニーがこめられている。あらゆる戦争は平和のためを口実に行われる。タイトルにある「ラブ&ピース」も、後醍醐天皇の処遇をめぐって強硬派の長崎高資(たかすけ)が二階堂道蘊(どううん)ら宥和(ゆうわ)派を論破するとき、「頭ン中、ラブ&ピースで満ちてるんですか。死んでくれ、って感じですよね」と罵倒の文脈で使われる。現代において右派がリベラルに投げつける「頭の中がお花畑」と同じ。

ただし、この節の末で<後々、考えれば鎌倉幕府崩壊、北条氏の滅亡はこの時に決まったと言え、そんな決定しなければよかったのにと思うがマアしゃあない>と書かれていることに要注意だ。ラブ&ピースを侮る者はやがて滅びるだろう。
口訳 太平記 ラブ&ピース / 町田 康
口訳 太平記 ラブ&ピース
  • 著者:町田 康
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(488ページ)
  • 発売日:2025-09-26
  • ISBN-10:4065407923
  • ISBN-13:978-4065407929
内容紹介:
圧倒的な面白さ!!南北朝の動乱を描いた日本最大の軍記物語『太平記』が、町田康の「口訳」で生まれ変わる!大反響ロングセラー『口訳 古事記』に続く〈町田日本史〉、新たなマスターピース… もっと読む
圧倒的な面白さ!!南北朝の動乱を描いた日本最大の軍記物語『太平記』が、町田康の「口訳」で生まれ変わる!
大反響ロングセラー『口訳 古事記』に続く〈町田日本史〉、新たなマスターピース。

「どえらいことになりました。主上御謀叛です」「マジか」 「マジです」――
利権を求めて誰もが争い、混沌を極める世の中。なんでこんな事になってしまったのか? 鎌倉時代末期、権勢をふるう執権・北条高時に対抗し、武家政権の転覆をめざす後醍醐天皇の謀略はあえなく失敗。窮地に陥った帝の前に、天才戦略家・楠木正成が現れる――。智謀と裏切り、欲得と愚行と涙にみちた人の世の実相を、破天荒なスケールと唯一無二の文体で描く、壮大な〈歴史人間絵巻〉!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年11月15日

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