書評
『じゃあじゃあびりびり』(偕成社)
親だって初心者
二歳になったばかりの息子は、本を読んでほしくなると必ず言う。「かーかん、つぎは、なに読もうか?」。まだ何も読んでいないのに「つぎは」というのが、ちょっとヘンだが、私の口ぐせを真似(まね)たものらしい。何度でも呼ばれておりぬ雨の午後「かーかん」「はあい」「かーかん」「はあい」
子どもと初めて楽しんだ絵本は、『じゃあじゃあびりびり』だった。誕生のお祝いにいただいたもので、生後半年を過ぎたころから、興味を示しだした。といっても最初は「本」としてではなく、この不思議なカタチのものとして、である。当然、まずは舐(な)める。そして噛(か)む。赤ちゃんの本が、けっこう丈夫なボール紙でできている理由が、よくわかった。
「いぬ わんわんわんわん」「みず じゃあじゃあじゃあ」といった、何かと擬音(ぎおん)との組み合わせ。絵も、それに合わせて、犬や水道が描かれているだけの、いたってシンプルなつくりの絵本である、最初は、まあこんなものかと思っただけだったが、長く親しむにつれて『じゃあじゃあびりびり』の素晴らしさが、じわじわわかってきた。
まず、背景の色が、見開きごとに鮮やかに変わる。本というものは、ページをめくるたびに、新しい世界が現れるんだということが、くっきりとした色で伝わってくる。
それから、読んでやるに際して、この「みず じゃあじゃあじゃあ」が、まことによい。たとえば類似の絵本で、絵だけのものがある。が、これだと何をどう読んでやればいいのか、よくわからなくて困ってしまう。絵に添えて単語が書かれているものもあるが、これも、「りんご」「くり」などと読むだけでは味気ない。慣れてしまえば、臨機応変に言葉が出てくるのかもしれないが、初めはそれもなかなかむずかしい。こっちだって、親としてまだ初心者なのだ。我が子と初めて絵本を読む、というのは、実はけっこうな戸惑(とまど)いがある。その点、「みず じゃあじゃあじゃあ」には救われた。擬音というのは、声に出して読むと楽しいし、ただの「みず」よりは、ずっと世界が広がる。
息子は「あかちゃん あーんあーんあーんあーん」が、お気に入り。なかには「ふみきりなんてわかんないだろうなあ」というページもあるが、後に踏切の実物を見て「これだったのか!」と知る日もくるだろう。それはそれで楽しい。
思えば、豊かなオノマトペ(擬音語・擬声語・擬態語)というのは、日本語の大きな特徴だ。主語+オノマトペで、とりあえず意味のある文になることを考えれば、もっとも初歩の文法を学んでいることにもなる……なんて分析してしまうのは、モト国語教師の悪い癖だろうか。
子を真似て私も本を噛んでみる確かに本の味がするなり
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2005年11月24日
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