書評
『教養としての量子コンピュータ』(ダイヤモンド社)
生成AIどころか…衝撃の未来入り口
量子コンピュータ実用化が目前だ。世の中が激変するかも。ピンと来ないなあ。そんなあなたを研究の現場に案内してくれる。≪あえて数式はまったく使わな≫いのに、学問的にとても正確。量子力学に初めて触れた日のワクワク感が溢(あふ)れた、教養書のお手本だ。藤井啓祐氏は大阪大学教授。量子コンピュータ研究で世界をリードし、スタートアップ企業も立ち上げた。本書は、量子とは何か→コンピュータとは何か→量子コンピュータとは何か、と順を追う6章構成。説明がとても丁寧だ。
その昔、デモクリトスは「物質はみな原子からなる」と言った。量子力学がそれを実証した。マックス・プランク、ニールス・ボーア、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、ディラック、…。草創期の天才たちはみな凄(すご)かった。
「量子」は≪量子力学に従って振る舞うミクロな対象≫のこと。光や電子や…は波でも粒子でもある。≪粒子は「空間の異なる場所に重ね合わせとして広く分布…」≫し、≪「観測によってはじめてその位置がランダムに定まる」。≫ランダムだから予測できない。
量子コンピュータはどんなものか。従来型コンピュータはビット(0か1)をもとに計算する。量子コンピュータは量子ビット(0と1の重ね合わせ)で計算する。観察するまで、0か1かわからない。それをそのまま計算するので従来型コンピュータより計算が速い(わかったような…?)。
ここ一○年、量子コンピュータの試作競争が激化している。グーグルやIBMが先頭を切り、中国も急追。特定の計算ではもうスパコンを追い抜いている。超伝導量子ビット方式/イオントラップ方式/冷却中性原子方式/半導体量子ビット方式/光方式、の五つの方式があり、どれも一長一短。最終的にどれが実用化にこぎつけるか、まったく予断を許さない。
量子コンピュータに怯(おび)えているのが通信業界だ。いま主流の「公開鍵暗号」は、素因数分解(21は3×7みたいな)を使う。六百桁クラスの数を素因数に分解するのはスパコンでも時間がかかりすぎて不可能。でも量子コンピュータならすぐ解けてしまうという。クレジットカードや銀行取引は大丈夫か。そこで「耐量子暗号」へ置き換え中である。量子力学を応用した「量子暗号」も開発されている。暗号を覗(のぞ)くと犯行がわかるので安全、な仕組みだという。
量子コンピュータの活躍は想像を超える。まず自然現象の解明が劇的に進む。物質は量子でできているからだ。新しい薬品や素材や製品や…の開発が加速する。≪量子状態をネットワークでやり取りする「量子インターネット」≫が整えば、量子コンピュータが協働できてなおパワーアップする。
生成AIがいま騒がれている。量子コンピュータがもたらすショックはその比ではない。計算がケタ違いに速いので、いまは無理な情報処理もどんどんできる。ビジネスや行政や教育に革命的な変化が及ぶはずだ。その入り口(基礎の基礎)を、本書は手ほどきしてくれる。楽しい図やイラストが多いのも著者の気配りで嬉(うれ)しい。
量子コンピュータの研究は、計算機を造るのが、そのまま量子力学の実験でもある。研究室が人類の未来に直結している。その現場に立ち会うスリルを、若い世代の読者にぜひ体感してもらいたい。
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