書評
『怒らない 禅の作法』(河出書房新社)
相手を操りたい心に注意
本書は、禅の精神に基づく「怒らない」ための本だ。著者は片づけ術にまつわるベストセラーもある禅宗の僧侶である。確かに“怒り”というものはままならないものだ。つい先日も、腹を立てた男が市役所で火炎瓶を投げるという印象的な事件があったばかり。こうした怒りを抑えることができれば、さまざまな社会的コストも抑えられるかもしれない。
禅の教えとは「どんなマイナスもプラスに転じることができる」というものだという。怒りを抑えるとは「心ひとつ」で状況を変えるということ。それが本書の手法。具体的に伝えられるのは、「風に意識を向けてみてください」や「早起きをしてみる」といったアドバイスだ。
なんとたわいのない、と怒ってしまう人は読者失格。毒にも薬にもならないと感じる人もいるだろうが、それはそれで問題ない。宗教と自己啓発書とは、そういうものである。不要な人には不要、必要な人には必要なのだ。重要なのは、このアドバイスを必要とする人が多いという事実の方だろう。本書が売れているということは、現代が宗教と自己啓発書が必要とされる時代であることを意味する。
一方、気になってしまったのは、説法の端々に顔を覗(のぞ)かせる現代文明批判である。空模様を見ずにスマートフォンで天気を知ろうとする若者批判のエピソード、日本は経済大国になったが「心の豊かさはどうか」などのお説教……安易な文明批判が延々続くのがちょっと、なんて文句のひとつも書きたくなるところだが、ここはぐっと我慢。「相手をコントロールしたいという気持ち」が「怒りに直結します」と著者も指摘する。正論。私にしたところで、お坊さんがスクーターに乗ってる姿を見かけると、“ありがたみに欠けるよなあ”などと思ってしまいがち。どっちもどっちである。
朝日新聞 2013年7月21日
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