書評
『戦争がすべてでした -私達小中高生が見た語り継ぐ記憶』(友月書房)
「誇れる国」の敗戦後変転、理想はどこに
1930年代はじめ生まれの訃報が続く。先日は岸恵子さん、半藤一利さんは5年前。お二人とも危惧をもたれていた。戦争を知らない世代が道を誤るのではないか。戦争だけはやるものではない。この二人の真剣なまなざしを憶(おも)い出す。第二次世界大戦から敗戦後の日本で、個人の心は、どのように移り変わったのだろうか。歴史には、大きな世界・国家・社会を単位とするマクロ史もあるが、小さな家族・個人のミクロ史もある。人々が抱いた内面を掘り下げる精神史もある。歴史事件を個人が体験するなかで「あの時はそう思い、こう感じていた」を知るのは実は難しい。個人の良質なミクロ精神史は少ない。
本書は農業改良普及員をふりだしに、地域の世話焼きをして、福井県の小浜市長もやった人の回想である。岸恵子と同じ32年生まれで、青少年期に戦争を経験した。驚くのは政治家もやった人なのに、何かを訴える押しつけがましさが、この回想にはない。ひたすら、その当時、自分はこう思っていた。こう行動した。それが正確かつ客観的に淡々と記されていく。小学校に入る。9歳で出征兵士の壮行会で、つい笑ったら校長に殴られた。兵士の家族には死の覚悟が強いられる厳粛な場だ。校長が激怒したのは当たり前と後年気づく。といった感じである。当時の心は「早く軍人になりたいという気持ちでいっぱいでした」と記す。世界史は学習せず分からず「日本は、世界中でもっとも誇れる国なんだと、それだけはつよく脳裏に」残る状態であったとも。しかし祖父は反戦論。米国の財力・物資に日本は「勝てない」といわれ、神風が吹く、反戦は非国民と反論した。しかし、祖父の言う通り日本は負けた。終戦後、思い出したくないので「ただの一回も」家庭で戦時中の話はしなかったと正直に書く。
本書は終戦後も、子どもたちに戦争の悪影響が及んだ一面を鋭く指摘している。「やけくそ」感が漂い、若者も酒とタバコをはじめた。この悪習のせいでアルコール依存症と癌(がん)で同級生の四分の一がのちに早死にしたという。戦後の荒れた生活が若年層に及び、戦争からおくれての戦争関連死が相当あったのだ。戦後、歌は軍歌から任俠(にんきょう)の歌になり、やくざがブームに。ちゃんと進駐軍からチョコも貰(もら)っている。戦後の民主化で生徒の自主自由の「問題解決学習」が始まり、みなで話し合って学校農場で何をどのように栽培するか決めた。みなで相談して自由に決め部活ができる。これが「何より嬉(うれ)しかった」と回想する。
戦後直後の日本人には、戦時中の反動で、平和と理想社会を本気で目指す空気があったこともわかる。著者・村上少年は弁論会で「世界平和実現への道」の理想を語った。終戦直後の日本人は「心の底から『戦争だけは二度としてはいけない』と思っていた」と、本書では過去形で語られる。
「先の大戦で被害を受けなかった地域、人などどこにも、一人も居なかった」「のど元過ぎて熱さを忘れると言いますが、この歴史的事実をしっかり踏まえることは、大事」と控えめにいってこの本は終わる。日本人は真の戦争を忘れ、理想はとうに語らなくなった。このままではまずい。
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