書評
『王室・後宮・奥・ハレム: 歴史学のなかのジェンダーを考える』(山川出版社)
宮廷女性の政治力を活写、国際比較
本書は「宮廷女性」を国際比較した最新の成果だ。世界中のあらゆる時代に世襲王権は存在する。王室のなかに後宮・奥・ハレム等とよばれる女性の集団居住区があり、そこが女官や宦官(かんがん)で管理され、出産による王室の再生産がなされる。宮廷女性の集団は王の母后と女官と下働きで構成される。宮廷女性の集団が、日本・明代(中国)のみならずモンゴル帝国・オスマン帝国・イングランドで、それぞれ、どのような特質をもっていたかを論じている。諸外国の例は中世が中心であるが、日本は古代・中世・近世と長いスパンで検討している。手軽な単行本だが、座談会を入れれば、全体で十五章におよぶ研究が詰められているから、すべてを紹介できない。ただ、これを通読すれば、宮廷の中のキャリア女性の国際比較ができる。
現代日本は女性の政治参画で世界ランキングの下位にある。いつの時代もそうであったわけではない。日本でも奈良時代は比較的女性の政治関与度が高いと感じていたが、本書でそれが確信に変わった。古代日本は父方母方の双方から地位を継承する「双方的な社会」であったため、とされる。
男女の区別が厳格であった中国も唐代には男装する女性がみられた。日本では平安前期に天皇と皇后が同居する流れとなって中国型の後宮に近づくが「中途半端」に終わったらしい。日本型の後宮は宮廷の女性居住区の閉鎖が緩く、宦官もいない。后妃のもとに父兄弟がかなり自由に出入りした。皇位継承にも後宮の女院が力を及ぼした。天皇の御所には女官がおり、神器を管理し天皇の命令を奉じた書類も発する。これが中世には特定の家の世襲相伝で「おば―姪(めい)」等で継承された。近世にはこれが公務経験重視に変わる。明朝でも後宮女官が皇帝の印章を管理し一日に九十回ほども使用手続きをしていたらしい。日本でも明朝でも女官は儀式遂行の役割を担った。ただ、本書によれば、紫式部は執筆に専念するため雑用を免除されていた可能性が高いという。
女官が後宮に閉じ込められる程度や結婚が許されるかなど、国際比較する視点をきめて本書を読んでいくことをお勧めする。そうすると一層、面白い。
イングランドの女官は良縁を狙いつつ宮廷で働き、王宮に監禁状態でもなさそうである。王族の「話し相手」にもなるから政治的影響力を女官がもちえた。オスマン帝国のハレムの宮廷女性は奴隷で閉鎖環境におかれ、黒人宦官の監視の目もきいていそうだ。それでも母后になれば、オスマンでもモンゴル帝国でも政治的に力を発揮しているようだ。特に、中世のモンゴル帝国と日本では、帝王の寵愛(ちょうあい)をうけ、女院や母后に登った女性が皇位の後継者を決定する力が強そうだ。
幕末の公家女性についても学びがあった。公家の娘の嫁ぎ先で当主が病死し幼い当主が立つと、公家の女性は婚家の家政を取り仕切った。女性も当主さながらに応対し、家の方針を決定した。
王族貴族でも女性は男性より記録に残されにくい。しかし、想像以上に活動している。歴史時代に女性が仕事をし政治力を発揮していた現場を活写した一冊である。
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