書評
『アメリカ・ハードボイルド紀行 ――マイ・ロスト・ハイウェイ』(研究社)
微細なハメット作品考察が圧巻
著者は、高校生になった1950年代の前半から、戦後闇市時代に洗礼を受けたアメリカ文化の研究に、のめり込んでいく。手始めは、西部劇映画の新聞広告を、細大漏らさず切り抜いて、ノートを作ることだった。その根気とうんちくに、まず驚かされる。この切り抜き帳は、西部劇の歴史を語るに当たって、欠かせぬ文化遺産(!)になるだろう。
映画については、もう一つフィルム・ノワールの研究、分析がある。〈ハードボイルド〉と同様、〈フィルム・ノワール〉という呼称が、ジャンルではなく表現様式、技法を指すとの指摘も、怠りなく紹介されている。これは、一般に考えられているよりも、はるかに重要な指摘である。 ダシール・ハメットの『マルタの鷹(たか)』の再映画化で、ハンフリー・ボガートが扮したサム・スペードの役は、当初ジョージ・ラフトが演じる予定だった、という。もしラフトのままだったら、その後のボガート人気は、生まれていなかったかもしれない。
ハメットは、ハードボイルド派の始祖として、近年再評価されつつある作家だが、著者はハメット研究の先駆者として、本書でも多くの筆を費やしている。そのキャリアは、昨日今日始まったものではなく、断続的ながら半世紀にも及ぶ。
著者の分析は、微に入り細をうがつもので、目からうろこが落ちること、請け合いである。ことに『マルタの鷹』を題材にとった、動詞や副詞用法の使い分け、視点を含む客観描写の限界に関する考察は、小説家にとってまことに示唆に富むもので、本書中の圧巻といってよかろう。
構成上、注が充実していることも、大きな特長である。へたをすると、本文より長かったりするところが、おもしろい。
1人の著述家の、人生の軌跡をたどった記録として、広く江湖に薦める次第である。
朝日新聞 2012年1月15日
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