書評
『現実入門―ほんとにみんなこんなことを?』(光文社)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
〈「家を買う」というような大きなことから「髪型を変える」ような小さなことまで、「万引」のような悪いことから「お年玉をあげる」ような良いことまで、現実内体験というものが大きく欠けている〉、自称人生の経験値が低い穂村弘が、占いや合コンや競馬や相撲観戦などに初トライする様を報告した一冊、『現実入門』を読みながら、思わず首をひねったことではある。この体験ルポの一体どこが、“現実”で“入門”なのよ。
だってこれ、現実入門と題しながら、現実に入門することを巧妙に回避している大人になりきれない四十歳(連載当時)を、愛くるしく演じる穂村弘――そんな虚構によって成立している本なんだもの。穂村さんは云う。〈私は今日まで決意や決断というものを極力避けて生きてきたのだ。そのために四十歳の今も『ドラえもん』ののび太のようなつるんとした顔をしている〉と。で、担当美人編集者・サクマさんと訪れたモデルルーム、そのバスルームのドアがガラス張りなのに対し漠然とエッチな理由を想像してみせた後で〈だが、答えは「同居されているお年寄りが倒れたりしたときに外からすぐにわかるようにです」だった。私は心のなかで、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、と叫んでいた。「現実の生活」というカタマリの重みに襲われて悲鳴をあげたのだった〉とカワイコぶってみせる。デビュー歌集『シンジケート』(沖積舎)の、これまた虚構めいたあとがきにおいてすでに〈女と知り合う前の私は、中に水の入った灰皿や、ちくちくするセーターや、市バスの「降りますボタン」や、おしゃべりな床屋をこわがるような奴で〉と記していた穂村弘は、自己演出にかけては相当手練れの確信犯なのだ。
というわけで、この本のどこにも現実なんてものはない。少なくとも、穂村さんが入門できた現実はひとつもない。サクマさんに惹かれていく心境をルポのところどころに伏線としてしのびこませておき、ついには親元から独立することを決意し、新居を探し、サクマさんの実家に挨拶に行きといった、いかにも物語的な展開を見せるこの一冊の本のどこにも現実など存在しないのである。初めての体験におののいたり、子供のように面白がってみせる愛くるしい穂村弘。その描写によってクスクス笑いを生じさせる文章の芸はかなり程度が高いとはいえ、ほほえみプレゼンテーションのためだけに利用された競馬や相撲や健康ランドがわたしには可哀想でならない。もっとディープに味わってやって! わたしは、物事と正対する穂村弘の文章が読んでみたいっ!
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
現実なんてどこにも存在しないのである
あざといな、穂村弘は。〈「家を買う」というような大きなことから「髪型を変える」ような小さなことまで、「万引」のような悪いことから「お年玉をあげる」ような良いことまで、現実内体験というものが大きく欠けている〉、自称人生の経験値が低い穂村弘が、占いや合コンや競馬や相撲観戦などに初トライする様を報告した一冊、『現実入門』を読みながら、思わず首をひねったことではある。この体験ルポの一体どこが、“現実”で“入門”なのよ。
だってこれ、現実入門と題しながら、現実に入門することを巧妙に回避している大人になりきれない四十歳(連載当時)を、愛くるしく演じる穂村弘――そんな虚構によって成立している本なんだもの。穂村さんは云う。〈私は今日まで決意や決断というものを極力避けて生きてきたのだ。そのために四十歳の今も『ドラえもん』ののび太のようなつるんとした顔をしている〉と。で、担当美人編集者・サクマさんと訪れたモデルルーム、そのバスルームのドアがガラス張りなのに対し漠然とエッチな理由を想像してみせた後で〈だが、答えは「同居されているお年寄りが倒れたりしたときに外からすぐにわかるようにです」だった。私は心のなかで、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、と叫んでいた。「現実の生活」というカタマリの重みに襲われて悲鳴をあげたのだった〉とカワイコぶってみせる。デビュー歌集『シンジケート』(沖積舎)の、これまた虚構めいたあとがきにおいてすでに〈女と知り合う前の私は、中に水の入った灰皿や、ちくちくするセーターや、市バスの「降りますボタン」や、おしゃべりな床屋をこわがるような奴で〉と記していた穂村弘は、自己演出にかけては相当手練れの確信犯なのだ。
というわけで、この本のどこにも現実なんてものはない。少なくとも、穂村さんが入門できた現実はひとつもない。サクマさんに惹かれていく心境をルポのところどころに伏線としてしのびこませておき、ついには親元から独立することを決意し、新居を探し、サクマさんの実家に挨拶に行きといった、いかにも物語的な展開を見せるこの一冊の本のどこにも現実など存在しないのである。初めての体験におののいたり、子供のように面白がってみせる愛くるしい穂村弘。その描写によってクスクス笑いを生じさせる文章の芸はかなり程度が高いとはいえ、ほほえみプレゼンテーションのためだけに利用された競馬や相撲や健康ランドがわたしには可哀想でならない。もっとディープに味わってやって! わたしは、物事と正対する穂村弘の文章が読んでみたいっ!
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする







































