書評
『真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐A〉』(新潮社)
なんだよなんだよ肩すかしだよ肩すかしだよ、なんだよ肩すかしだよの一億光年倍だよっ!
いえね、本多孝好の『真夜中の五分前』の話なんですけど、これが、あなた、〈side-A〉〈side-B〉ってな薄っぺらな二冊に分かれてんですよ。で、合わせて二四〇〇円なのね。一冊にまとめりゃ、売れっ子作家なんだもの、一八〇〇円くらいの定価になるはずなのよ。それをわざわざ分冊にするってんだから、A面B面に分ける、それなりの仕掛けっちゅうもんを期待するわけじゃない、読者としてはさ。なのに――。
なんじゃ、こりゃあぁーっ! ジーパン刑事の松田優作もびっくりの工夫なしですよ。たとえが古いですか、そうですか、手垢にまみれてますか、そうですか、ああそうでしょうとも、そうですよ。けども、この小説、読んだんさいな。手垢どころかチ○カスまみれの、場所が場所だけに「あら、恥ずかしっ」、んな文章のオンパレードなんですから、もう。
たとえば、こんなの。〈好きになって、付き合って、別れた。昔、音楽の時間に習った通りだ。ディーマイナーセブン、ジーセブンと続けば、あとは放っておいたってシーセブンがくる〉、きゃあー、赤面だわぁ、あたしお嫁に行けなーい。
登場人物の一人でIT長者の男曰く〈コンピューターだけじゃないぜ。世界は不必要なもので溢れ返っているし、不必要なものは人を醜くするんだ。でも、そうしなきゃ、もう世界は回らないんだよ。(中略)みんな、せっせと不必要なものを作って、せっせと金を稼いで、そうしてせっせと不必要なものを買って、結局はせっせと醜くなっていくんだ〉、いやん、皮剝けてなーい、んな青臭いこと言ってて長者になれるほど世間甘くなーい。
語り手の僕――読めば読むほどに胸くその悪くなる中身からっぽ男――に別れを告げる女の台詞はこう。〈そう。狂ってるのよ。あなたの部屋にある目覚まし時計と同じ。ほんの五分くらいだけだけどね。ちょっとだけ、でもきっちりと狂ってる。二人でいるときは気づかない。五分先にある本当の時間より心地いいくらい。でも私は、五分先の世界の住人で、五分遅れたあなたの世界では暮らせない〉だって。「ぷふい!」(ⓒ『死霊』埴谷雄高)なんだよ、「ぷふい!」って舌打ちされても仕方ないんだよっ、こういういかにも何か意味のあることを語っているようでいて、その実何の実感も伴わない言葉っちゅうのは。
ところが、そんな空疎な台詞であっても、タイトルにかかってるとあれば、優しい読者はこう思うわけです。そうか、A面とB面に分けたのは、つまり、五分遅れた狂った世界を際だたせるためのパラレル・ワールドみたいな仕掛けがあるからなんだなって、ご親切にもさ。だって、A面本の帯にも「五分ズレた世界」とか、でっけえ活字が躍ってんじゃん。な・の・にっ! んなもんどっこにもないんですよ。単なる女A、女Bが死んだ後の話を分冊にしてるだけなの、これって。
もう、安易に女死なせて金儲ける算段すんの、やめにしない? 二人もの恋人を失っておきながら〈不意にずいぶん多くの人が死んだ気がして呼吸が苦しくなった。けれど、実際に僕の周りで人が死んだのは八年前の水穂と一年半前のかすみだけだった〉みたいな無神経で頭の悪い感慨を主人公に抱かせるの、やめにしない? でもって、村上春樹チルドレンの優等生目指すのもやめにしない? どうあがいたって本家を超えられないのは自明なんだからさ。ついでに、こういう作家のことを「技巧派」とか言って持ち上げるのも、そろそろやめにしない? ね、池上冬樹さん。
【この書評が収録されている書籍】
いえね、本多孝好の『真夜中の五分前』の話なんですけど、これが、あなた、〈side-A〉〈side-B〉ってな薄っぺらな二冊に分かれてんですよ。で、合わせて二四〇〇円なのね。一冊にまとめりゃ、売れっ子作家なんだもの、一八〇〇円くらいの定価になるはずなのよ。それをわざわざ分冊にするってんだから、A面B面に分ける、それなりの仕掛けっちゅうもんを期待するわけじゃない、読者としてはさ。なのに――。
なんじゃ、こりゃあぁーっ! ジーパン刑事の松田優作もびっくりの工夫なしですよ。たとえが古いですか、そうですか、手垢にまみれてますか、そうですか、ああそうでしょうとも、そうですよ。けども、この小説、読んだんさいな。手垢どころかチ○カスまみれの、場所が場所だけに「あら、恥ずかしっ」、んな文章のオンパレードなんですから、もう。
たとえば、こんなの。〈好きになって、付き合って、別れた。昔、音楽の時間に習った通りだ。ディーマイナーセブン、ジーセブンと続けば、あとは放っておいたってシーセブンがくる〉、きゃあー、赤面だわぁ、あたしお嫁に行けなーい。
登場人物の一人でIT長者の男曰く〈コンピューターだけじゃないぜ。世界は不必要なもので溢れ返っているし、不必要なものは人を醜くするんだ。でも、そうしなきゃ、もう世界は回らないんだよ。(中略)みんな、せっせと不必要なものを作って、せっせと金を稼いで、そうしてせっせと不必要なものを買って、結局はせっせと醜くなっていくんだ〉、いやん、皮剝けてなーい、んな青臭いこと言ってて長者になれるほど世間甘くなーい。
語り手の僕――読めば読むほどに胸くその悪くなる中身からっぽ男――に別れを告げる女の台詞はこう。〈そう。狂ってるのよ。あなたの部屋にある目覚まし時計と同じ。ほんの五分くらいだけだけどね。ちょっとだけ、でもきっちりと狂ってる。二人でいるときは気づかない。五分先にある本当の時間より心地いいくらい。でも私は、五分先の世界の住人で、五分遅れたあなたの世界では暮らせない〉だって。「ぷふい!」(ⓒ『死霊』埴谷雄高)なんだよ、「ぷふい!」って舌打ちされても仕方ないんだよっ、こういういかにも何か意味のあることを語っているようでいて、その実何の実感も伴わない言葉っちゅうのは。
ところが、そんな空疎な台詞であっても、タイトルにかかってるとあれば、優しい読者はこう思うわけです。そうか、A面とB面に分けたのは、つまり、五分遅れた狂った世界を際だたせるためのパラレル・ワールドみたいな仕掛けがあるからなんだなって、ご親切にもさ。だって、A面本の帯にも「五分ズレた世界」とか、でっけえ活字が躍ってんじゃん。な・の・にっ! んなもんどっこにもないんですよ。単なる女A、女Bが死んだ後の話を分冊にしてるだけなの、これって。
もう、安易に女死なせて金儲ける算段すんの、やめにしない? 二人もの恋人を失っておきながら〈不意にずいぶん多くの人が死んだ気がして呼吸が苦しくなった。けれど、実際に僕の周りで人が死んだのは八年前の水穂と一年半前のかすみだけだった〉みたいな無神経で頭の悪い感慨を主人公に抱かせるの、やめにしない? でもって、村上春樹チルドレンの優等生目指すのもやめにしない? どうあがいたって本家を超えられないのは自明なんだからさ。ついでに、こういう作家のことを「技巧派」とか言って持ち上げるのも、そろそろやめにしない? ね、池上冬樹さん。
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