書評
『アラビアの夜の種族』(角川書店)
西暦一七九八年、オスマン帝国支配下にあるカイロ。ナポレオン率いるフランス艦隊がエジプトに攻め込んでくるものの、旧態依然の騎馬兵から成る軍隊では勝ち目がない。それを察した万能にして眉目秀麗(びもくしゅうれい)な若き執事アイユーブが、主人である知事に秘策を授ける。それは、読む者すべてを狂気に導くという伝説の本「災厄の書」を敵軍に献上すること。主人の許しを得たアイユーブは、エジプト一の語り部ズールムッドの力を借り、「災厄の書」の製作に着手する――。
一八世紀末を背景にした物語枠の中に、ズールムッドが語る『千一夜物語』風の物語を入れ子細工のように仕込む凝った作りが効いている。「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語」、その一〇〇〇年後を舞台にした「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」、四者が相まみえる物語、後日譚から成る小説内小説の面白さが超ド級だ。アーダム編は悪漢小説。ファラーとサフィアーン編はビルドゥングスロマンにして貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)。アーダムが作った迷宮が舞台のパートはダンジョンゲーム小説風。各々に異なる読み心地を提供して飽きさせない内容になっているのだ。
仕掛けはまだある。この『アラビアの夜の種族』そのものが、作者の古川氏がサウジアラビアを旅した際に発見した古書で、氏はそれを訳しただけという断り書きを冒頭に記すことで”偽書もの”のスタイルを取り、また、冒頭の〈アイユーブという若者を紹介したい〉という一文を物語の最後にも配することで、頭と尻がくっついた円環の書物を完成! これまで書かれてきたアラビアン・ナイトに想を得た小説の中でも、なかなかのレベルを誇る小説に違いない。歴史小説や幻想小説ファンにお薦めできる逸品だ。
【この書評が収録されている書籍】
一八世紀末を背景にした物語枠の中に、ズールムッドが語る『千一夜物語』風の物語を入れ子細工のように仕込む凝った作りが効いている。「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約の物語」、その一〇〇〇年後を舞台にした「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」、四者が相まみえる物語、後日譚から成る小説内小説の面白さが超ド級だ。アーダム編は悪漢小説。ファラーとサフィアーン編はビルドゥングスロマンにして貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)。アーダムが作った迷宮が舞台のパートはダンジョンゲーム小説風。各々に異なる読み心地を提供して飽きさせない内容になっているのだ。
仕掛けはまだある。この『アラビアの夜の種族』そのものが、作者の古川氏がサウジアラビアを旅した際に発見した古書で、氏はそれを訳しただけという断り書きを冒頭に記すことで”偽書もの”のスタイルを取り、また、冒頭の〈アイユーブという若者を紹介したい〉という一文を物語の最後にも配することで、頭と尻がくっついた円環の書物を完成! これまで書かれてきたアラビアン・ナイトに想を得た小説の中でも、なかなかのレベルを誇る小説に違いない。歴史小説や幻想小説ファンにお薦めできる逸品だ。
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