書評
『戦後エロマンガ史』(青林工藝舎)
大衆の欲望の行き先を探り続けて
東京都の青少年健全育成条例の問題が、話題になっています。これは、マンガやアニメに出てくる架空の人物も、18歳未満に見えれば性的な描写はNG、というもの。表現の自由を侵す、と反対の声が大きくあがっています。ではなぜ、日本においてマンガの世界で少女と性は結びついたか。ロリコンマンガや美少女コミックは突然発生したものではなく、日本のマンガ文化の底に、常に流れ続けていたエロマンガという伏流水の中から、必然的に湧(わ)き上がってきたものであるということを、本書は教えてくれます。
エロマンガ誌というと、子供の頃に空き地の隅に捨てられていた、ガビガビになったそれを私は思い浮かべます。本書を見ると、私が空き地のエロマンガを眺めていた頃というのは、エロ劇画誌の創刊ラッシュ、三流劇画ブームといった動きのあった時代のようです。
その源として存在するのは、終戦直後に流行(はや)ったカストリ雑誌。カストリ雑誌の時代から現代の美少女コミックまで、エロマンガの歴史とは、常に大衆の性に対するシンプルかつ湿った欲望の行き先を探り続けていた歴史です。読者の頭の中で、想像力を膨らませることができる余地をマンガがたっぷり与えてくれたからこそ、日本においてマンガとエロとの組み合わせはしっくりきたのでしょう。
今となっては大家、大御所とされる漫画家たちも、若い頃にエロマンガを手がけているケースが多いようです。それは単に若手だったからというだけでなく、エロマンガでしか表現できないものが、あったからではないか。
マンガ評論家であり、コミケ準備会代表でもあった著者は、2006年に死去。本書はその遺作となります。マンガ史とおたく史、そして戦後日本史が絡み合うエロマンガの歴史を知ることは、誰もが持ちながらも見て見ぬふりをしがちな欲望を知ることなのであり、冒頭の条例改正問題が、特別な人たちだけのものではないことを知るための一助ともなるのでした。
朝日新聞 2010年5月30日
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