書評
『Crazy Rich Asians』(Corvus)
それに引き続き、原作者がホワイトウォッシングを拒否した映画がある。
『クレイジー・リッチ・エイジアンズ(Crazy Rich Asians)』(2018年公開予定)は、ハリウッド映画なのに、キャスト全員がアジア系の俳優だという。
映画の原作は、シンガポールを中心にした中国系アジア人のスーパーリッチを描いた『Crazy Rich Asians 』という小説だ。作者はアメリカ在住の作家ケヴィン・クオンで、この小説に登場するような由緒ある家系のようだ。そして、11歳まで過ごしたシンガポールでの体験が活かされているという。
小説の主人公レイチェルは、幼いころに母と一緒に中国本土からアメリカに移住した「中国系アメリカ人」だ。現在は有名大学で経済学教授をしている。2年つきあっている恋人のニックは、イギリスの大学で教育を受けた中国系シンガポール人で、同じ大学の歴史教授を務めている。
ニックの親友の結婚式に出席するためにシンガポールを訪れたレイチェルは、彼の家族が大富豪だということを初めて知らされる。そして、家系や富にこだわる彼らの価値観に戸惑い、予想もしなかったような差別やいじめにあう、というものだ。
この小説に出てくる裕福な中国系シンガポール人は、「有名なブランド品を身につけるのは貧乏人。デザイナーの来年のコレクションでないと流行遅れ」とみなしてひとつの服に何千万円も費やし、由緒ある英国のホテルが人種差別をしたら、ホテルごと買い取ってしまうレベルの「クレイジー・リッチ」だ。その金銭感覚は、収入格差が激しいアメリカの「富豪」の感覚も超えている。
よく「女性小説」と呼ばれる娯楽小説のジャンルに属する本なのだが、アメリカで爆発的に売れ、続く2作もすべてニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーリストに入った。
これだけ注目されたら、当然のように映画化がもちかけられる。
だが、最初にクワンに映画化をもちかけたハリウッドのプロデューサーは、レイチェルを白人にしたがった。
そこでクワンは「あなたは要点をすっかり見落としてますよ」と断った。
クワンの言うとおりだ。
この小説は、「全員が中国人」であることが重要なのだ。
主人公のレイチェルは名門大学の経済学の教授なのだが、「中国本土」出身で「家系が不明」であることや、「英語にアメリカ訛りがある」という理由で、恋人の母から「身分が低すぎる」と拒否される。このレイチェルが受ける偏見や差別は、アメリカ人がふだん想像しない逆カルチャーショックなのだ。
また、シンガポールの中国系スーパーリッチの「しきたり」は英国の階級制度と中国の古い慣習のミックスであり、それもこの世界を知らない者にとってはエキゾチックで興味深い。
だが、それと同時に、恋人の母親であるエレノアの意地悪さは、世界共通の「地獄から来た姑(Mother In Law From Hell)」だ。
こういった組み合わせがアメリカ人読者にアピールし、ベストセラーになったのだから、中国系アメリカ人のレイチェルを白人にしたら、まったく意味が通じなくなる。
テキサス州での読書会で、クワンがこの逸話を話したとき、白人女性ばかりの参加者たちは「やめて〜(Nooooo)!」と叫んだという。
クワンは、最終的に自分の意図を理解するプロデューサーを見つけ、主役のレイチェルは、両親が台湾出身のアメリカ人女優コンスタンス・ウーに決まった。これまでにも、ハリウッドでの人種差別やセクハラについて勇気ある発言をしてきた35歳のベテラン女優だ。恋人のニックは、マレーシアのイバン族とイギリス人を祖先に持ち、マレーシアとシンガポールを拠点にする俳優のヘンリー・ゴールディングが演じる。
そのほかにも、英国人と日本人のハーフであるソノヤ・ミズノなど、全世界からアジア系の俳優が集まるのだが、これが実現したのは、最近の失敗例から「映画を売るためにはホワイトウォッシングは必然」という言葉に説得力がなくなってきたこともあるだろう。
そうだとしたら、特にアジア系の俳優にとっては、興行的に失敗した『ドラゴンボール・エボリューション』やハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』のホワイトウォッシングに、かえって感謝するべきかもしれない。
そして、「主役がマイノリティの俳優でも売れる」ということを証明するためにも、『クレイジー・リッチ・エイジアン』にはぜひ成功してもらいたいものだ。
『クレイジー・リッチ・エイジアンズ(Crazy Rich Asians)』(2018年公開予定)は、ハリウッド映画なのに、キャスト全員がアジア系の俳優だという。
映画の原作は、シンガポールを中心にした中国系アジア人のスーパーリッチを描いた『Crazy Rich Asians 』という小説だ。作者はアメリカ在住の作家ケヴィン・クオンで、この小説に登場するような由緒ある家系のようだ。そして、11歳まで過ごしたシンガポールでの体験が活かされているという。
小説の主人公レイチェルは、幼いころに母と一緒に中国本土からアメリカに移住した「中国系アメリカ人」だ。現在は有名大学で経済学教授をしている。2年つきあっている恋人のニックは、イギリスの大学で教育を受けた中国系シンガポール人で、同じ大学の歴史教授を務めている。
ニックの親友の結婚式に出席するためにシンガポールを訪れたレイチェルは、彼の家族が大富豪だということを初めて知らされる。そして、家系や富にこだわる彼らの価値観に戸惑い、予想もしなかったような差別やいじめにあう、というものだ。
この小説に出てくる裕福な中国系シンガポール人は、「有名なブランド品を身につけるのは貧乏人。デザイナーの来年のコレクションでないと流行遅れ」とみなしてひとつの服に何千万円も費やし、由緒ある英国のホテルが人種差別をしたら、ホテルごと買い取ってしまうレベルの「クレイジー・リッチ」だ。その金銭感覚は、収入格差が激しいアメリカの「富豪」の感覚も超えている。
よく「女性小説」と呼ばれる娯楽小説のジャンルに属する本なのだが、アメリカで爆発的に売れ、続く2作もすべてニューヨーク・タイムズ紙ベストセラーリストに入った。
これだけ注目されたら、当然のように映画化がもちかけられる。
だが、最初にクワンに映画化をもちかけたハリウッドのプロデューサーは、レイチェルを白人にしたがった。
そこでクワンは「あなたは要点をすっかり見落としてますよ」と断った。
クワンの言うとおりだ。
この小説は、「全員が中国人」であることが重要なのだ。
主人公のレイチェルは名門大学の経済学の教授なのだが、「中国本土」出身で「家系が不明」であることや、「英語にアメリカ訛りがある」という理由で、恋人の母から「身分が低すぎる」と拒否される。このレイチェルが受ける偏見や差別は、アメリカ人がふだん想像しない逆カルチャーショックなのだ。
また、シンガポールの中国系スーパーリッチの「しきたり」は英国の階級制度と中国の古い慣習のミックスであり、それもこの世界を知らない者にとってはエキゾチックで興味深い。
だが、それと同時に、恋人の母親であるエレノアの意地悪さは、世界共通の「地獄から来た姑(Mother In Law From Hell)」だ。
こういった組み合わせがアメリカ人読者にアピールし、ベストセラーになったのだから、中国系アメリカ人のレイチェルを白人にしたら、まったく意味が通じなくなる。
テキサス州での読書会で、クワンがこの逸話を話したとき、白人女性ばかりの参加者たちは「やめて〜(Nooooo)!」と叫んだという。
クワンは、最終的に自分の意図を理解するプロデューサーを見つけ、主役のレイチェルは、両親が台湾出身のアメリカ人女優コンスタンス・ウーに決まった。これまでにも、ハリウッドでの人種差別やセクハラについて勇気ある発言をしてきた35歳のベテラン女優だ。恋人のニックは、マレーシアのイバン族とイギリス人を祖先に持ち、マレーシアとシンガポールを拠点にする俳優のヘンリー・ゴールディングが演じる。
そのほかにも、英国人と日本人のハーフであるソノヤ・ミズノなど、全世界からアジア系の俳優が集まるのだが、これが実現したのは、最近の失敗例から「映画を売るためにはホワイトウォッシングは必然」という言葉に説得力がなくなってきたこともあるだろう。
そうだとしたら、特にアジア系の俳優にとっては、興行的に失敗した『ドラゴンボール・エボリューション』やハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』のホワイトウォッシングに、かえって感謝するべきかもしれない。
そして、「主役がマイノリティの俳優でも売れる」ということを証明するためにも、『クレイジー・リッチ・エイジアン』にはぜひ成功してもらいたいものだ。
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